表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
288/1317

サイアスの千日物語 三十九日目 その二十二

午後の6時になろうかと言う頃、第四戦隊営舎のサイアスの居室に

ロイエら訓練課程に参加していた面々が戻ってきた。

サイアスはデネブの給仕でニティヤと遅めの昼食をとった後、

指を彩る濃密な蒼の輝きに終始ニヤニヤしつつ、デネブと共に

実家から届いた荷物や書簡の整理にあたっていた。

ニティヤはソファで寛ぎつつ、何やら編み物に熱中していた。


「ただいまー! 

 って、ここだけ荒野じゃないみたいだわ……」


ロイエは激戦の地である荒野らしからぬ

家庭的なくつろぎ空間に面食らった。


「天馬騎士よ。何をニヤニヤしておるのじゃ? 

 不気味なのに絵になるのがむかつくのぅ」


シェドは早速ウラニアの口調を真似してそう言った。


「ちょっと! ウラニア様を汚すのはやめなさいよね!」


「そーだそーだ! 憧れなんだから……!」


「同じ口調でも、君だと途端に胡散臭くなるね……」


ロイエとベリルが憤慨し、さらにランドが駄目出しをした。


「訓練課程、どうだった?」


サイアスは作業に飽きてふと手に取り、そのまま見入っていた

博物誌を脇に置いて、そのように問いかけた。


「楽しかったです! それと凄く格好良かった……」


ベリルは興奮気味に訓練での出来事を話し始めた。

サイアスは和やかな表情で時折頷き、ベリルの話に耳を傾けた。


「おぃおぃ何だこりゃ。

 もはや完全に親子の会話じゃねーか……」


シェドはすっかり家族の雰囲気となっている

サイアスとベリルを見て、感慨深げにそう言った。


「妬くなよシェド。みっともねぇ」


「妬いてねぇし! 泣いてねぇし!」


ラーズはニヤニヤと茶々を入れ、

シェドは何故だか泣きそうになっていた。


「ウラニア様の技って、あれかい?

『雪月花』ってやつ?」


「へ? 何それ!

 名前は言ってなかったわよ?」


「セラエノ閣下が私を運ぶときにおっしゃっていたんだ。

 刀でも使えるかも知れないと言っていた」


「そうだな…… 体捌きが主体の技みたいだから

 色々応用は効くんじゃねぇかな。 ……っと悪ぃなデネブ」


ラーズは礼を言ってデネブの差し出したおしぼりを受け取り、

顔や手を拭った。デネブは帰宅した人数分これを用意し

各自に配ってまわっていた。


「ほへー、やっぱちゃんと見えてたのか。流石だな」


「僕には止まってる姿しか見えなかったよ……」


シェドがラーズに感心し、ランドはやや消沈していた。

その後一同は卓に付き、まずは食事をとることになった。



「ねぇサイアス。ちょっとお願いがあるんだけど……」


食後、まったりとお茶を楽しむ最中に、

ロイエが珍しく神妙な様子でサイアスに話しかけた。


「ん? あらたまって、何事?」


サイアスは、普段なら頭ごなしにピシャリとくるはずの

ロイエの態度に、ある種の不気味さを感じつつそう問うた。


「んとね、私からのお願いって訳じゃなくて、

 補充兵の娘たちからの、たってのお願いなんだけど」


「……そっちもか。俺も実は似たような依頼を受けてるぜ。

 まぁこっちは野郎どもからなんだが」


ラーズもまたロイエと同様にサイアスに話しかけた。

ロイエはアウクシリウムで補充兵が集結して以降、女性陣の

まとめ役となっており顔が広く、ラーズもまた普段からあちこちに

顔を出しているため、付き合いが広かった。


「あら、あんたもそうなの? 

 まぁ取り敢えずこっちの話をするわ。

 ……皆ね、最後に思い出が欲しいんだって。

 各戦隊に配属されて兵士になって、あとは戦って死ぬだけ

 ってなる前に、もう一度あなたの歌が聴きたい、そう言ってるの。

 流石に断れなかったわ…… 私からもお願い。明日皆に、

 何か聴かせてやってくれない?」


「こっちも同じだ。

 連中、荒野入りした時点で覚悟は済んでるみたいだが、

 やっぱ何か一つくらいは冥途の土産が欲しいんだとさ」

 

「わかった」


ロイエとラーズの申し出に、サイアスは即座に承諾した。


「ほんと!? やった!!」


「悩みもしねぇか。流石だな……」


「冥利に尽きるというものだ。是非ともやらせて頂こう。

 どうせなら、城砦全体を巻き込んで盛大にやろう。

 三戦隊厨房の対応をみても、補充兵の門出に何かを

 してやりたいという気持ちは、皆持っているだろうからね。

 そうなると、後は時間との戦いだな……

 まずは、訓練課程の管轄である三戦隊に掛け合うか」


「……一気に大事になってきたな」


「ふふ、ラーズにも当然一役担って貰う。

 デネブ、そこの楽譜の束取ってくれる? 

 ありがとう…… これが良いな……」


サイアスはそう言うと数枚の譜面を抜き出し、

手早く何事か書き込んでラーズに手渡した。


「明日までにこれらの曲の指定部分を完璧に。

 寝ずにやればなんとかなる」


「ぐはっ」


「これは命令だ。拒否権はない。

 すぐにかかれ」


サイアスはそう言うと身支度し、デネブを従え居室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ