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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十九日目 その二十一

「さて斧の短所のもう一つ、隙が多いという点についても

 話しておかねばならんのう。こちらは特に命に関わるでな。

 

 どのような武器であれ、攻撃直後には隙ができる。

 振りの速い小さい武器程その隙もまた小さいといえるが、

 斧はというとこれが特大の部類でな。全身を振るうように打ち込む

 ゆえに、攻撃を外したり、当てても仕留め損なった場合には頭や首、

 背の一部を無防備な状態で敵に曝すことになりかねん。この状態で

 一撃貰わばほぼ確実にお陀仏じゃ。平原なら装甲の厚みで凌げも

 するじゃろう。が、魔や眷属となると簡単に引き千切られ、

 潰されてしまうのじゃ。これを防ぐ手立ては三つある。

 


 一つ目はやはり、敏捷絡みじゃ。先刻、斧は敏捷を以て制御し、

 体捌きを以て当てるというたが、攻撃直後の大きな隙は

 敏捷を以て回避せよ、ということになる。


 回避は盾による防御や武器等による受け流しと異なり、自身を敵の

 攻撃範囲から離脱させることでその攻撃を完全に無効化する技能じゃ。

 これを使いこなすには敵の攻撃方法やその範囲、いわゆる攻撃線を

 事前に読み切る必要がある。つまり自身の斧による攻撃が不首尾に

 終わった場合、敵がどのような反撃を繰り出すかを予め予想し、

 その上で回避行動を取れ、ということになるな。敵の反撃に

 反応するにも、実際に回避行動を行うにも敏捷が最重要となってくる。

 とはいえ先読みで難度を緩和できることも多い。

 いくつかのぱたぁんを事前に練習し、緊急時に粗漏なく繰り出せるよう

 準備しておくと良いじゃろう。まぁ気休じゃが、やらぬよりはマシじゃ。



 二つ目はやや精神論めいておるが、あながち馬鹿にもできぬゆえ

 話しておくぞ。要は覚悟の問題じゃな。当て損ねてぴんちを招く

 のがいやなら、必ず当てればよい。仕留め損ねてもぴんちを招く

 のであれば、必ず仕留めればよい。要は斧を振るうならば、常に

 一撃で相手を仕留めよということじゃ。


 無茶を言うておるように感じるじゃろうが、斧はそれができる武器じゃ。

 軽軽に振り回して自ら死地を招くのではなく、得物を見定め

 一瞬の隙を見極め、そこに全てを懸けて全力で打ち込み、必ず仕留める、

 という覚悟じゃな。迷いを捨て一心不乱に斬り込んで、活路を開け

 という、まぁおまじないじゃ。



 三つ目はようやくまともな対処法じゃ。別に前二つはふざけておる

 わけではないぞ。三つ目が一番現実的ということじゃ。すなわち、

 連携を用いるというものじゃ。我ら城砦兵士は常に複数で組んで

 魔や眷属と戦闘をする。そこで盾使いである前衛の背後に控え、

 その者と敵の挙動をしかと見据え、機をを見て飛び出し、斧を振るう。

 出来た隙は盾使いや他の仲間に埋めて貰うという一手じゃ。

 自らは完全に攻撃専門員、一個の武器であると割り切って、

 防御は味方に委ねるのじゃ。言うのは簡単じゃが、なかなか

 できるものではないぞ。覚悟だけでも駄目じゃ。

 普段から共に訓練し呼吸を読み癖を見抜き、意見もぶつけ合って

 戦術に昇華させ、そうして初めて機能するようになる。


 第一戦隊が防ぎ、第二戦隊が切り込む。

 盾使いが防ぎ、斧使いが切り込む。

 要は城砦全体を貫く戦術思想を体現せよということじゃ。

 配属先の各隊においては、個人技のみならず仲間との連携も

 しかと鍛え上げるがよい」



ウラニアはそこで言葉を切り、周囲の兵士に合図した。

兵士らは試台を複数まとめて繋ぎ合わせ、一個の大きな試台とし、

そこに新たな試斬用の据え物を設置しはじめた。

それは、馬の胴程もありそうな太さの石の柱であった。

破壊された城址の一部でもあったものか、円柱の表面は随所が欠けており、

装飾豊かな天頂部分は斜めに折れてその断面を曝していた。

それは中空でも表面のみでもない、まったく無垢の石の柱であった。



「さて、本日の講義を締めくくるに当たって、

 我から一つ贈り物をさせて貰うとしよう。贈り物とは

 我が技じゃ。今は真似なぞできぬじゃろう。今後も出来ぬ

 ままやも知れぬ。されどお主らが百戦を戦いぬき、いつしか

 我と同じ境地に達したなら、我が技を自らのものとし、

 さらに新たなる高みへと行けるかも知れぬ。

 今はただ、しかとその眼に焼き付けるが良い」


ウラニアはそう言って身の丈数倍の石の柱に向き直った。

手にするは鉄身の柄に三日月の如き細く鋭利な刃を持つ漆黒の戦斧。

その優美な姿はまるで月明かりに髪を靡かせる麗人の様であった。

戦斧の名は月下美人。百戦を経て大河の如き血を啜り、

折れ欠け錆びて幾度となく打ち直し、その度に輝きをいや増していた。



それはさながら、紙芝居のごとき光景だった。

石の柱から5歩程の位置で静止したウラニアは補充兵を見渡し、

にこりと微笑んだ。次の刹那、ずわっと風が舞い起こったかと思うと

ウラニアは月下美人を逆袈裟に切り上げた姿勢で石柱の右手後方に

立っていた。さらに、一同がウラニアの姿を見止めたのとほぼ同時に、

石柱は斜めの断面を滑る様に上半分が宙を舞い、間髪入れずウラニアは

風を纏って旋回し、宙を舞う石柱を横薙ぎに両断。そのまま大上段から

振りかぶって突進、気付いた時には当初の位置に

背を向け斧を振り下ろした状態で立っていた。


補充兵たちが視認できたのは、ウラニアが斬撃の合間に動きを止めた

一瞬のみ。あとは石柱が吹き飛び、吹き飛んだまま横薙ぎに両断され、

さらに縦に分断されて、四つの石塊となって地に落ち往く有様のみが、

何が起きたのかを伝えていた。ずぅん、と鈍い音を次々と起こして石塊は

地に落ち、ウラニアは月下美人を旋回させつつ補充兵たちに向き直った。


「補充兵たちよ。今は力なき若人たちよ。

 いつの日かそなたらが我が技を継ぎ、荒野の敵を平らげて

 天下に武名を轟かすのを、我は楽しみにしておるぞよ。

 ではこれにて、訓練課程第九日目の実技訓練を終了する」


ウラニアは月下美人の石突で大地を叩き、威儀を正してそう告げた。

補充兵らは号令一つなく一斉に敬礼し、ウラニアに応えた。

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