サイアスの千日物語 三十九日目 その二十
「ほぅ、デネブも戻ったのか。
ならばこれをサイアスへと届けておいてくれ。
大はしゃぎするぞ」
第四戦隊営舎の詰め所に戻ってきたデネブに対し、
ベオルクがスターペスから預かった小さな木箱を手渡した。
デネブはコクリと頷くと、ベオルクやデレク、さらに不意に姿を見せた
マナサに敬礼し、居室へと戻っていった。
「良い子ね。かなり複雑な生い立ちのようだけれど」
マナサはそう言うとベオルクに文書の束を差しだした。
「そうだな…… 不憫な身の上ではあるが、
少なくとも今の暮らしは楽しかろう」
ベオルクはマナサの差し出した文書、特に建造物の図面らしきものを
興味深げに確認しつつそう言った。横合いからデレクも覗きこんでいた。
「ふむ、よくやってくれたマナサ。
暫しゆるりと過ごしてくれ」
「そうさせて貰うわ。
歌姫さんと共演できるように、新しい曲でも覚えようかしら」
仄かな笑みを残し、マナサは前触れもなく姿を消した。
「好きなだけ見ていいぞ?
お前にやらせる予定だからな……
確認が済んだら参謀部に届けておいてくれ」
ベオルクはそう言ってデレクに文書の束を手渡した。
「聞かなかったことにしたい……
というか凄いですねこれ。よくこれだけの規模のものを」
造り上げ、そして調べ上げたものだ。
デレクは文書を斜め読みしつつ、そう感想を漏らした。
「動員数が出鱈目に大きいからな。
連中も闇夜の作業は避けたかったのだろう」
マナサがベオルクに差し出したのは、丘陵地帯において
完成しつつある、魔の在所と目される建造物に関する文書であった。
マナサは建造当初より作業工程をつぶさに監視し、詳細な記録と
寸分違わぬ絵図面を作成することに成功していたのだ。
丘陵地帯の台地部分にすり鉢状に掘られた大穴は
今や最深部に円形の巨大な広場とその上部にいくらかの階層を持ち、
それらを貫いて地表までのびる本道と随所の隔壁、また派生する支道や
玄室等を伴う、地下都市とも要塞ともつかぬ有様に変貌を遂げていた。
「やはり魔の在所ですかねー」
デレクは感嘆半ば呆れ半ばといった調子でそう述べた。
「現段階で断言は避けるべきだが、少なくとも魔が留まれる規模の
拠点ではあるようだな。ただし通路が狭すぎるきらいはある」
「これだとこっちも小隊規模でないと入れませんねぇ。
ほんとにダンジョン探索やらされるハメになるのか……」
「こうして見取り図があるだけマシというものだ。
それに内部の加工はこれからだろう。来客を楽しませるだけの
趣向は揃えてくれるぞ。飛び切りのヤツもありそうだ」
「嫌すぎる…… ヒゲの報せってヤツですか」
「ふん…… まぁそんなところだ」
ベオルクは自慢のヒゲを撫で付けつつ、
やや眉間に皺を寄せてデレクを見やり、不敵に笑んだ。
ベオルクは魔の在所たる最深部から地表への本道が北東を、
そしてその先の城砦を捕捉するかのように伸びていることに、
漠然とした不安を感じていた。
「さて、多少は斧が手に馴染み、いよいよ興が乗ってきた
頃合いであろうとは思うが、打ち込みはここまでじゃ」
ウラニアは方々に設置された試台に分かれ、教官の指導のもと
列をなして打ち込みに励んでいた補充兵らに声を掛けた。
教官役の兵士たちは適宜斧を回収し試台を撤去。
補充兵らは敏速に整列し再び講義を聞く態勢となった。
「実際に振ってみて気付いた向きもあろうが、
次は斧の欠点とされる要素にも目を向けておこうぞ。
欠点に関してはほぼ世評の通りじゃ。いわく、当たり難い、
隙が多いといったものじゃな。それぞれ順に確認しておくぞえ。
まずは当たり難いという点。これには概ね三つの要因がある。
一つ目は剣や槍との相違じゃ。先にも言うたが重心が手元にある
剣やらとは振り方が根本的に異なるのでな。そこを理解せず振らば
当然満足に当てるのは難しかろうて。斧特有の振り方を理解すれば
この要因は解消できると言ってよかろう。
二つ目は斧の刃が短いため、狙いが付け難いというものじゃ。
剣や槍はその身が一直線状に収まっておるため、斬撃部位すなわち
『物打ち』が適切に当たらずとも、強引に押し切りにもっていける。
ゆえに、完全なる『外れ』な結果を避けることができる。
されど斧はどうじゃ。刃が直角に突き出ておるため、そこに当たらねば
力の乗っておらぬ柄を態勢を崩しながらぶつけることになる。
こうなっては斬る斬らぬどころか下手すれば柄が折れる。
明確な『外れ』じゃ。スカじゃ。カスじゃ。要は剣や槍と違い、
斧はごまかしが効かぬのじゃ。確かに難しいところじゃの。
三つ目は前述の両者に関わっておるのじゃがな。
斧の振りに関わる能力もまた、剣や槍とは異なっておる点じゃ。
剣や槍は膂力を以てこれを振るい、器用を以てこれを制御する。
斬撃の最中も適宜手首を中心とした微細な動きで軌道を修正し、
最適解へと導くことができる。しかし斧にはこれができぬのじゃ。
斧の振りは言わば全身での旋回運動であるため、手首程度の
修正ではその軌道を変えるにはおっつかぬのじゃ。そのため、
膂力を以てこれを振るうが、制御は敏捷を以て成す必要がある。
つまり手で当てにいくのではなく、体捌きを以て当てよ、
ということじゃな。残念なことに斧を扱う大半の者はこれを
理解しておらぬ。ゆえに力任せの大振りを小手先で制御しようとして
失敗し、斧は当て難い、という結論に達してしまうのじゃ。
以上のように、斧が当て難いという指摘は確かに事実を伴っておるが、
斧の特性を知り的確な操法をおこなえば解消できる面もまた多いのじゃ。
特に、手ではなく身体全体で制御し体捌きを以て当てるという点、
敏捷が重要であるという点はしかと覚えておくがよいぞよ」




