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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十九日目 その十九

「多少なりとも斧がどういうものか、理解が及んできたかの?

 ここまでの話をまとめるとじゃ、斧は剣や槍と異なる設計思想と

 構造を持つ斬撃特化の武器であるということ、これじゃな。

 剣や槍とは振り方からして既に異なるゆえ、そちらから入ると

 面食らうこと必至じゃが、コツさえ掴んでしまえば裾野は広く

 懐は深く、じゃ。ゆえに賊徒の類がてっとりばやく採用しよる。

 この辺は斧の評価を貶めておるのう……

 

 さて振り方じゃが、剣や槍はその重心が柄または手元に

 くるように設計されておるゆえ、これを振るって斬撃をおこなう場合

 手元を手早く細かく動かさば、切っ先は鋭く速く走るものじゃ。

 されど斧は重心が手元から最も遠い先端部にあるゆえ、

 手元を細かく動かすのではなく、腕全体、さらには身体全体を

 一個の武器と見做し、大きく振って走らせる必要がある。

 剣の振り方で斧は使えぬということじゃ。

 

 もっとも斧の振り方で剣が使えぬかといえば、そうではなくてな……

 刃を握り鍔や柄頭ポメルを相手目掛けて振らば、斧と同様の

 動きができる。剣とはまこと、多様性に富む武器じゃ。

 剣術におけるこの操法は『殺撃』と呼ばれ、剣技において

 最大級の破壊力を産む必殺技とされておる。逆にいうならば、じゃ。

 斧の一撃は剣で言えば常に必殺級であるということもできるぞ。

 ま、ものは言いようじゃな」


第二戦隊の女騎士ウラニアは、そう言って茶目っ気をみせた。

先の暴風のごとき殺気の魁を目の当たりにした補充兵たちは、

引き攣り笑いしか返せなかった。



「斬撃特化という点においても、斧はこれまた極端でな。

 槍は刺突を基本としつつも斬撃や打撃を繰り出すことができる。

 剣はさらに絡める、投げるといった組討ちまでも可能にしておる。

 されど斧は斬撃一辺倒じゃ。比率で示すなら、槍における操法は

 突6斬2打2といったところであり、剣は突4斬2打2他2じゃ。

 ところが斧はというと、斬9他1といった具合でな…… 

 これも見方を変じれば、同じ膂力で扱える槍剣斧を揃えたならば、

 こと斬撃に関しては斧が最も効果的であると言える。

 ではちと試してみるかの」


ウラニアはそう言って補充兵を見やり、


「そこな童。名は何と申す」


と、ベリルに目を付けた。


「!? は、はい! ベリルです……!」


ベリルは怯みつつもはっきりそう答えた。


「ほぅ、良き名ではないか。ベリルよ、近う参れ」


ウラニアはにこやかにベリルにそう告げた。

ロイエにポンと肩を叩かれ、ベリルは覚悟を決めて列を出た。


「そなた、その歳で荒野までよう参ったのぅ。

 何も取って食いはせぬ。案じたもうな」


ウラニアは笑顔を絶やさぬまま左右の兵に手振りで合図し、

兵たちは手早く試台を設置した。台には幹の直径が掌程の

小振りの丸太が立ててあった。


「ベリルよ、お主膂力はいくつかや」


「はい! 6です……」


「さもありなん。嘆くには当たらぬぞえ?

 この先いくらでものびるゆえな。

 では敏捷はどうじゃ」


「10です」


「よかろう。十分じゃ」


ウラニアはそう言って頷き、兵士らに目配せした。

兵士は台車から成人ならば片手で扱う剣と斧を選び取り、

ベリルに手渡した。


「これらは全て膂力10用にしつらえたものじゃ。

 そなたであれば両手で振るえば丁度よかろう。

 そなた、剣や斧に心得はあるかの?」


「まったくないです……」


「よろしい。理想的じゃ。

 ではまずは剣を用い、そこな丸太を斬ってみよ。

 剣の斬れる部位は切っ先から拳二つ分程じゃ。

 そこを当てるよう意識しつつ、試すがよい。

 何、仕留め損のうても構いはせぬ。

 そなたの気の済むまで打ち込むが良いぞよ」


「は、はい! ……やってみます!」


ベリルは鍔上の身幅が指3本分あり、切っ先に向かい先細りする

木の葉に似た形状の剣身を持つ片手剣を両手で掴み、キッ、と

丸太を睨んで勇ましく打ちかかった。生来の器用さもあって

剣は丸太を捉えはしたが、びぃん、と痺れて弾き返された。

どうやら刃筋が立っていなかったようだった。


「先に剣を丸太に当てて打ち下ろした姿勢を作り、

 その姿勢に持っていくが如く意識して振ってみよ」


ウラニアはベリルに優しく声を掛けた。


「はい! やってみます!」


ベリルはウラニアの助言に従い、まずは完成形を作り、

それをイメージしつつ斬撃を繰り出した。みるみるうちに

ベリルの斬撃は様になり、何度目かでガッ、と音を立て

丸太にめり込み、そこで動かなくなってしまった。


「あ、あのっ、あのぅ……!」


ベリルはおろおろとしたが、ウラニアは穏やかな声で


「うむ、ようやった。十分じゃ。

 では次に斧を試してもらおうか」


ウラニアの言に合わせ、兵たちが剣の刺さった丸太を撤去し、

新しいものを用意した。


「こちらも要領自体は同じじゃ。一見剣より刃が小さく

 狙いが付け難く思うやもしれぬが、下まで身が付いておらぬ

 だけで、当てるべき部位はさして変わらぬ。まずは丸太に刃を当て、

 いめぇじを焼き付けた上で振るうてみるがよいぞよ」


ベリルはシェドが用いたものよりもやや柄の長い片手用の斧を

両手で掴むと、剣と斧の振り方の違い、すなわち腕全体、身体全体を

一個の武器のごとく大きく振るう、というのを思い出しながら、

先刻同様勇ましく打ちかかった。すると斧は丸太の真っ芯を捉え、


コーン。


と音を響かせて、丸太は真っ二つに裂けた。

補充兵らからはどよめきが起こり、ベリルは自分のしたことが

信じられずにウラニアを振り返った。


「うむ。見事じゃ!」


ウラニアはとても満足げに笑っていた。

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