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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十九日目 その十八

「斧は人そのものの歴史と遜色なきほどに

 長き歴史を持つ武器じゃ。それだけに形状も機能も洗練され、

 己が価値を普遍的で揺るぎなきものとしておる。

 片手持ちのものと両手持ちのものがあるが、基本的な特徴は

 共通しており、木または金属の柄の先端部分に、柄に対し直角に

 錘と攻撃面を兼ねた専ら金属の塊をしつらえ、柄の反対側の

 一辺を研ぎ出して刃としておる。


 重心が柄の先端部位にあること。また刃が柄に対し直角であること。

 この二つが斧の勘所でな。剣や槍と異なり、重心が手元ではなく

 先端に集中しておるゆえに打撃部位に膂力を凝縮しやすく、

 そして刃が柄に直角であることで武器の振りの進行方向に対し

 水平に刃が向き、刃筋が綺麗に立ち対象に膂力を無駄なく伝達できる。

 敵に対し弧を描くがごとくに腕を振るう『斬る』という行為。

 これに特化した姿かたちを持つのが斧というわけじゃ」


第二戦隊強襲部隊の長、騎士ウラニアはそう言うと、

兵士の一人から片手用の斧を受け取った。


「見るがよい。これが片手斧としての典型じゃ。

 説明通りのなりをしておろう? そしてお主らが漠然と思い描く

 斧とは、ずいぶん異なるものに感じるに違いない。この斧は概ね

 二の腕程の長さの柄を持ち、その先端に指を落とした掌がごとき

 平たい板と、その先に爪程の身幅の刃がある。至極平均的な造りの

 斧であるが、お主らの想像、いわゆる『いめぇじ』とは違うはずじゃ」


ウラニアは補充兵たちを見回し、

一番浮世離れしていそうなシェドに目を止めた。


「シェドとやら。どうじゃ。存念を申せ」


「えっ、俺っすか!? 

 ……そうっすね、なんか地味というか。

 やっぱ斧はもっとグワっとしたでっかい刃が付いてて、

 ブンブン振りまわしてドガっ! て感じのイメージっすね」


「うむ。模範解答に感謝するぞよ。

 日頃狩りや野良仕事で用いるものは別として、

 大抵の者が斧に抱くいめぇじとはそう言ったものじゃ。

 特にお主らが思い描くのは、こういったものではないかな」


ウラニアはそう言って新たに兵士から受け取った斧を示した。

その斧は長さこそ先のものと同じだが、上部から半ば程にかけて

広げた掌二つ分ほどの板状の金属が左右に二つ付いており、

その平たい部分には一面に複雑な紋章が彫刻されていた。

また柄の先端は鋭利に尖り、手元の底、石突部分には

房飾りまでついていた。


「お! ソレだっ! 

 まさに斧、それこそ俺の知ってる斧っす!!」


シェドはそう言って請け合い、他の補充兵の中にもこの意見に

同調するものは多かった。一方傭兵あがり等の実戦経験者たる

志願兵たちは、どこか生暖かい笑顔を以てその様を見つめていた。


「うむ、そうであろうのぅ……

 ではシェドよ。これら二つの斧を

 それぞれ手にして振るうてみよ」


ウラニアは兵士に目配せし、

兵士はシェドのもとへ行き二つの斧を手渡した。


「へへ、んじゃ失礼して……

 よっ、ほっ、おっ!? これめっちゃ軽いっすね!」


シェドはそう言って先に示された斧を振って試した。


「んじゃ次は……

 よっ、ほっ、おぉ? ……何かこう、ピンと来ねぇな。

 何つぅか、ビシっとしないというか」


ウラニアは子供におもちゃを与えたが如く

楽しげにその有様を眺め、補充兵らも興味深げに見入っていた。


「シェドよ。それぞれ10回振るうてみよ」


「了解! 1、2……」


シェドは言われるままにまずは先の斧を10回振るった。

最初から最後まで動きは一定であり、慣れない動きに

やや息があがりつつも、問題と見なされる程変化は無かった。


「ふぅ、次はこっちか。1、2……」


次いでシェドは後者の斧をも振り始めたが、こちらは

振るうごとに露骨に疲れ、最後の数度はヘロヘロとして

締りのない恰好になっていた。


「教官殿、このチョウチョのバケモンみたいなのキツいっす!

 まぁ後から振ったってのもあるのかもだけど……」


シェドはその様に感想を述べた。


「ふむ、順序に関するお主の指摘はもっともじゃのぅ。

 なればシェドよ。順序を入れ替えて20回ずつ振るうてみよ」


ウラニアはわずかな微笑みを湛え、そう言った。


「うひょっ!? に、20回ずつっすか……

 ま、まぁよろしくってよ!! いきまっす!」


シェドはそう言うと、まずは両側面に大きな刃の付いた

斧を振り始めた。もうあかん、あかんて…… などと

泣き言をいいつつも、なんとか時間を掛けて規定数を振り終え、

シェドはウラニアに泣きを入れた。


「教官殿! もう無理っす! 腕が千切れそうっす!!」


これに対しウラニアは


「構わぬ。千切れれば祈祷師を呼び

 すぐに元通り繋がせようぞ。気にせず続けよ」


とにこやかな笑みで告げた。


「げぇっ、マジかよこのおにば」


ウラニアの笑みが一瞬で消え、

サイアスのものなどまるで比ではない

さながら空そのものが圧し掛かってくるような

破滅的な殺気がウラニアから迸ろうとしていた。


「ゆにばぁあああぁああっす!!」


絶体絶命の淵に立たされたシェドは何かに目覚め、

絶叫しつつ高速で縦横無尽に斧を振るった。


「ゼェ、ハァ、お、終わりました教官殿!」


「うむ、ご苦労。して違いは有ったかの」


「必死過ぎて判りませんっした!

 ……あ、でもなんかこっちは最後まで安定してたっすね」


「まぁ、それでよしとするかのぅ。

 実はな、その二つの斧は同じ重さじゃ。片刃のものは

 兵士が実際に用いるものであり、もう一方は儀式や式典で

 用いる『飾り物』じゃ。ごてごてとしており、重心が柄の先端に

 集中しておらず、遠心力を活かせぬため、いざ振るうてみると

 とにかく扱い難い、というわけじゃな。団扇にすらならんわえ。

 無論実戦用の斧の中にも諸刃のものはある。が、それでも

 長大な柄の先に両側合わせて親指を畳んだ手のひら程度の

 大きさのものが付いておるだけじゃ。軍師どもに言わせれば

 『とっぷへびぃ』ゆえの『へっどすぴぃど』を最大限に活かすには

 刃の上端から柄へと伸ばした交点の角度が可能な限り鋭角である

 必要がある、とかなんとか…… 


 まぁとにかくじゃ。斧に対する茫漠たるいめぇじ、

 すなわち棒の先にばかでかい刃の付いた、何やら見るからに

 ゴツくて重そうな武器、というものは、その威力をこれ見よがしに

 伝えたいがゆえの誇張表現、もしくは素人の思い込みが独り歩き

 したものであり、実物とは違うということを理解しておくがよい。

 ここらの事情は筋肉隆々とした巨漢は鈍重であり、

 逆に小柄で華奢な者は俊敏である、という俗信とよう似ておる。

 まぁそちらは生きた反証が第一戦隊におるゆえ、たっぷりと

 身を以て教わるが良いぞよ」


ウラニアはそう言って楽しげに笑っていた。 

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