サイアスの千日物語 三十九日目 その十七
「……相変わらず無茶苦茶だな、うちの大将は。
まぁ楽しそうで何よりだが」
ラーズは呆れつつもニヤリとしてそう言い、
「怖ぇ、怖ぇよこいつ。やばいヤツなの!?」
「僕は君の方がわけわかんなくて怖いけどね……」
と、シェドは怯え、ランドは呆れ、
「あんた怪我なんてしてないでしょうね?
あとそれ染みになるわよ! さっさと脱いで洗いなさい!!」
とロイエは遺憾なくオカンっぷりを発揮していた。
ベリルは目を皿のようにして気遣わしげにサイアスの容態を
観察し、デネブはすぐに無事と見抜いてベリルを撫でてやっていた。
と、そこに本城から凄い形相の軍師やら祈祷師やらが殺到し、
「閣下! ご無事で!」
「サイアス殿! お怪我は!?」
「すぐに治療いたしますぞ!」
などと口々に叫んでまとわりつき、俄かに辺りは騒然となった。
「怪我はありません。全て返り血です」
サイアスは軍師らにハーネスを解除されながらそう言った。
「そうそう。この歌姫ちゃん凶暴でさぁ。
一人で羽牙8体も殺っちゃったよ。あ、18体いたんだけどね」
「空を飛ぶ術なき私には、空を飛ぶ羽牙を殺すことなどできません。
すべては閣下の武徳にございます」
サイアスはしれっとそう言った。
「ちょ、ちょっと! 私が脳筋みたいなこと言うな!」
「何の。それに仕留めた数は閣下の方が1体多いです」
「何だよ! 逃がすって言った3体もコロコロしたくせにぃ!」
「行く手を阻めば斬り伏せるのみ。
掛ける情けなどありはしません」
サイアスは事もなげにそう言って繚星を血振りし、
地面にびっ、と羽牙の血が飛んだ。その後サイアスは左手に
羽牙の羽を持ったまま器用に布を取り出して丁寧に繚星を拭い、
ゆっくり鞘へと戻し、キン、と納刀した。
「うむ、実に見事な武者振りよ。歌姫なんぞと
呼ばれておるからさぞ嫋やかな乙女振りかと思うたが、
何の。まこと凛々しきおのこじゃわ」
ウラニアは目を細め、深く頷きそう言って笑った。
「されど天馬騎士殿よ。そなたの発する気に怯え、
補充兵どもが訓練どころではないようじゃな……
戦のあとはしかと休むのも兵士の務め。此度は戻られ
疲れを癒されるがよかろう。斧術が知りたいと仰せなら
いつでも我を訪ねられるがよい。何なりとご教示いたそうぞ」
「……ありがたきお言葉。
確かにウラニア様の仰る通りです。
此度は休ませていただきます。
お騒がせして申し訳ありませんでした」
「さようなこと、詮無きことじゃ。
久々に目の保養になった。礼を申すぞ。
ではまたお会いしよう。天馬騎士殿」
サイアスはウラニアに敬礼し、
ウラニアもまたサイアスに敬礼した。
サイアスはすっかりウラニアのお気に召したようだった。
「ほらぁ、だから言っただろう?
大人しく休めって。んじゃ営舎帰るよ! ほら!
あ、ウラニア、デネブもお休みで。三号兼メイドらしいから!」
そういうとセラエノはひったくるようにしてサイアスを抱きかかえ、
第四戦隊の営舎へと飛び去った。デネブは既に姿を消しており、
軍師や祈祷師衆は溜息交じりで本城へと戻って行った。
「おース。派手にやらかしたなー」
営舎の詰め所では早速デレクがサイアスを茶化した。
「また凄まじい恰好だな…… 閣下は無事なのか?」
ベオルクは鋭い目でサイアスの状態を確認し、
無傷と判じてそう言った。
「やーベオルク殿。無事だよぅ。
羽牙一個中隊に絡まれちゃってねぇ。返り討ちにしたけどね!
城砦史上、いや有史以来初の空中戦さ。次の連合軍への報告書は
『天馬騎士、荒野の空を制す』でいこう。また平原中が賑わうよ」
セラエノは楽しげにそう言って笑い、
サイアスは他人事とばかりに首を傾げお手上げをしてみせた。
「うぅむ、いかに見目麗しかろうとも、
やはり『武神』のお子ですな。今後が誠に楽しみです」
そう言ったのは資材部から来訪していたスターペスだった。
「これはスターペス様、ごきげんよう」
サイアスは血まみれながらも優雅にお辞儀した。
「ごきげんようサイアス様。本日はお預かりしていた
サファイアの装飾が終わりましたので、お届けにあがりましたぞ」
「おぉ……」
サイアスは飛びつくようにして卓に差し出された上品な木箱を
手に取ろうとした。そこで手袋もまた血まみれなのに気付き、
舌打ちすると
「すみません、すぐに着替えてきます!」
そう言って突風のごとくに自室へと駆けていった。
「こと石のこととなると、まるで童のようでしてな……」
ベオルクはヒゲを撫でつつ苦笑した。
「はは、年甲斐もなく困ったちゃんだねぇ」
セラエノはそう言って肩を竦め、周囲からジト目を向けられた。
「まぁ今回はほんと助かったよ。例の件は計画通りで大丈夫。
大活躍のサイアスにはたっぷり勲功出しとくから。
あとセラエノ特選のお宝もね! んじゃ私は戻るよ、またねー」
セラエノはそう言って鼻歌交じりで詰め所を後にし飛び去った。
「相変わらず身軽なお方ですな……
ではベオルク様、サイアス様にもお目にかかれたことですし、
私もそろそろお暇するといたしましょう。皆様方も是非
今後とも資材部を御贔屓に」
丁重にお辞儀をして、スターペスもまた資材部へと戻っていった。




