表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
282/1317

サイアスの千日物語 三十九日目 その十六

時刻は午後の一時半間近。第三戦隊の営舎前には、

昼食を終え一息ついた補充兵たちが笑顔で集い、歓談していた。

その中にはサイアスとニティヤを除くサイアス小隊の面々もおり、

やはりニタニタとご満悦であった。


「いやー、えがった……

 えがったねぇ、けふのひるげは」


シェドが相変わらずよく判らない口調で感想を漏らした。


「また訳判んねぇ物言いだが、

 まぁキシャアだのなんだのよりはマシだな。

 そしてその感想には全面的に賛同するぜ」


ラーズもまた十二分に昼食を堪能したようでニンマリとしていた。


「そうだよねぇ。僕も驚いたよ。

 まさか『とんとじ丼』なんてねぇ」


明日第三戦隊営舎を去り、各戦隊に散り散りに配属される補充兵らへの

厨房からのはなむけである特別食、その一つ目とはこれであった。

衣を付けた厚切りの豚肉をからり、かつふわり、そしてさくりと揚げ、

さらに野菜と共にほんのり甘味を伴った芳醇にして上品な出汁で

汁気たっぷりに卵でとじたものを、これまた珍しい東方諸国で食される

小粒ながら艶やかな、どこか甘味さえ感じさせる白米を惜しみなく満たした

器にこれでもかと盛り付け、小皿に野菜を漬けこんだ香の物を、さらに

風味豊かな赤だしの汁物まで付けた本格的で純然たる東方料理であり、

平原西方では王侯貴族でもなければ食する機会などありはしなかった。


補充兵たちは厨房からの門出を祝う心づくしと

何より純粋に果てしなく美味であることに感銘を受け、

至福のひと時を過ごしたのであった。


「ここのご飯っていつも美味しいけど、

 今回のは特に気合入ってたわね……

 あんなにお米食べたのはほんとに久しぶりだわ」


「私、初めて食べました。

 美味しすぎて、ちょっと泣いちゃった……」


ロイエはしみじみと感想を述べ、ベリルはモジモジとはにかんでいた。

デネブはそんな皆の様子をどこか微笑ましげに眺めていた。



そうこうするうちに二連打三回の鐘の音が鳴り響き、

訓練課程9日目午後の部が始まることとなった。一同の前には

左右に数名の兵士を従えた、身なりの良い女騎士が立っていた。

随所を金属で補強した優美な線を持つ革鎧と落ち着いた色合いの

ドレスを組み合わせた独特の武装をしており、その右手には

手槍に近い長さの柄を持った戦斧を掴み、石突を地に突き立てていた。

兜はかぶらず代わりに鈍色に光る武骨な冠を身に着けており、

冠の額の部分には髪と同じく黒く深く輝く小さな石が嵌め込まれていた。

サイアスなら即座に見抜いたであろうそれは、黒水晶モリオンの欠片だった。



「ふむ、揃うておるかな。噂の天馬騎士とやらが居らぬのは

 ちと残念じゃが、任務とあらば致し方あるまいのう」


女騎士の口調はシェドに負けず劣らず個性的であり、

首尾一貫して古風であった。そしてその容貌には

まさに妖艶という言葉が似つかわしかった。


「まぁ良いわ。では9日目午後の訓練課程を始めるぞえ。

 我が名はウラニア。第二戦隊強襲部隊の長をしておる。

 本日の訓練課程では、お主らに斧術ふじゅつを教えよと

 仰せつかっておる。剣や槍について教える者は多いし、

 弓は大抵別枠で専門教育を受けることとなる。されど斧はなかなかに

 教える機会も教え手も少ないのが実情じゃ。理由は明快。

 斧使いと呼ばれる連中は大抵最前線にあり、果敢に斬り込むゆえ

 すぐにくたばるからじゃ。中には我のような死に損ないもおるがのぅ。

 

 そういった訳で今日は我が主らに斧術を教えるが、

 これは別に主らに死にやすい選択をせよと薦めておるわけではない。

 むしろ逆じゃ。そも武器を問わず、死は然るべくして死ぬるものじゃ。


 斧使いは『矛』のロールとしては最大火力を誇っておるが、

 これを名乗る者の大半は正真の斧術を用いてはおらぬ。

 特徴や用法をよう知らぬまま、とりあえず力任せに振り回し、

 殺し殺されお陀仏と、まぁそういうわけじゃな。

 されどそれではいかんということで、此度の訓練がある。

 しかと学び、心に留め置くがよいぞ」


そう言ってウラニアは補充兵を見渡し、

凛々しくも柔らかく微笑んだ。


「すげー…… 美女で武人で熟女だ。凛として妖艶だ!

 斧使いって割りにゃ細身だし、素敵やん! 

 うむ、美武熟女…… そういうのもあるのか!」


シェドは早速シェドであった。

そしてお約束のごとく聞きとがめられた。


「そこな小僧、何ぞ言うたかや」


ウラニアは笑みを崩さぬままそう問うた。


「うぇっ!? いえっ そのぅ……

 斧使いでいらっしゃるにしては、細身で美麗だなぁと。でへへ」


ウラニアはロイエを一回り大きくしたような体格であり、

完全武装にも関わらず、そのシルエットは細身であった。


「ふむ。細身で美麗で優雅な上に凛々しくも妖艶であるのは否定せんが、

 斧に対する見解は、やはり通り一辺の蒙昧としたものじゃな。

 あとお主、よくよく見れば噂のフラれ饅頭ガニかえ。

 お主の上官ほどではないが、お主の名も城砦中に知れ渡っておるぞよ。

 無論お主のは悪名じゃが」


「ふら、饅…… 何? 何なの……」


早速シェドは笑いを取り、

補充兵も教官もどっと沸いた。


「端から見る分には愉快じゃのう、お主は。

 まぁ近寄らば斬って捨てるぞ。覚悟いたせ。

 さて、さらばまずは、斧とはいかなるものであるかを

 一つとくと聞かせてやると…… おや、これは何としたことか」


ウラニアや兵士たちは上空を見上げ、補充兵たちもそれに続き、

そして驚愕の声をあげた。ウラニアら教官役の兵士たちと

整列した補充兵たちの間、概ね10数歩四方の間隙に、

羽音を響かせてセラエノとサイアスが着地したのだった。


「遅くなりました、教官の騎士様はじめ皆様方」


サイアスはウラニアら教官役の兵士たちに頭を下げた。

すると背後からニョキっとセラエノの首が現れ、


「やぁウラニア。済まないねー、

 ちょっと遅れちゃった!」


と笑顔でウラニアに挨拶した。


「おぉ、これは参謀長。ご機嫌麗しゅう。

 それに…… そなたが天馬騎士サイアスか」


ウラニアは目を見開き、しげしげと興味深げにサイアスを見つめた。

サイアスは顔や髪は常と変らず綺麗なものだが、着用している

ガンビスンやブレーの随所が羽牙の紫の血で染まり、右手には

いまだ血の滴る繚星を、左手には戦利品の羽牙の羽を持っていた。

そして何よりいまだ収まらぬ強烈な殺気を全身から迸らせ、

周囲に武威の気を振り撒き、補充兵たちは完全に竦みあがっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ