サイアスの千日物語 三十九日目 その十四
セラエノは気焔万丈の気迫を以て
サイアスの立案した戦術を実行に移した。
まずは敵の策に乗り、したり顔で待ち受ける3体の羽牙の
待つ地点へと滑空を続け、後方の本隊が動くのを待った。
後方の羽牙の群れ14体は、余程手練れの指揮官が居たものか
ギリギリまで飛び出すことはなく、セラエノやサイアスが
前方3体の目の動きすら視認できる位置にまできて
ようやく急襲を開始した。
セラエノは待ちかねたとばかりに身体を起こし、
再び強烈に翼を打ちおろして急上昇を測り、
サイアスは上昇ざまに掬い投げで羽牙に何かを放った。
それは北往路の一戦以来着火用に携行するようになっていた
小麦粉入りの皮袋であり、ぼふり、とぶちまけられた小麦粉を
もろに喰らい、羽牙は目をしばたかせつつ悔しげな金切声をあげていた。
その後セラエノは先刻同様上昇の頂点でくるりと身体を捻って裏返り、
2時方向へと展開して本隊目掛けて急降下を開始した。
「ちょっと揺れるぞ!」
そう言うとセラエノは左の翼を一定の角度で固定しつつ、
右の翼のみを小刻みにしならせて頭から敵本陣へと降下を開始した。
矢の如き急降下に螺旋の動きが加えられ、さながら白い竜巻となって
セラエノは敵本陣を貫き、貫きざまサイアスは螺旋に沿って右に左に
繚星を持ち替え、羽ばたきに合わせて小さく鋭い突き斬りである
剣聖剣技「旋」を放った。純白の竜巻が下方へと消えた後、
3体の羽牙が紫の血飛沫を上げつつ錐もみしながら落ちていった。
「よぉし、歯ぁくいしばれぇッ!」
矢の如く敵陣を突きぬけたセラエノは、華麗なる螺旋急降下を
6時方向できり上げて滑空姿勢に入り、地面すれすれで再び
強烈な羽ばたきを行って地表に突風を巻き起こし急上昇を開始した。
途端全身を圧し潰す重みとバラバラにする軋みを感じ、意識すら
遠のきそうになったサイアスは、歯を食いしばってこれを耐え凌いだ。
「大丈夫かサイアス!」
セラエノは気遣わしげにそう問うたが、
「気遣い無用! 飛行に専念しろ!」
と即座に怒鳴り返されて、
ひゅう、と口を鳴らして薄く笑った。
挟撃の策を逆手に取られ、本陣を急襲され蹂躙された
羽牙の群れは、しかし崩れることなく陣形の再構築に入った。
どうやら編隊長に当たる有能な指揮官が混じっているようであり、
統率を失うことなく別働の3体へも金切声で指示を飛ばし、
別働3体は即座に南西へ急行して東へと向き直り、西を目掛けて
高高度への上昇過程にあるセラエノを抑え込もうとした。
別働3体の表情は種族の違いを超えて理解し得るほど
怒りと激情に満ちており、もはや囮や牽制ではなく
自ら仕留めるつもりであることを感じさせた。
「サイアス、行く手に3体、どうする?」
セラエノは再度サイアスに指示を仰いだが、
「押し通れ!」
との簡潔極まりない返答に
「任せろ!!」
と叫び、さらなる加速でこれに応えた。
羽牙は下方から比類なき揚力を武器に猛突進してくる
セラエノに対し、怯んだかに見せて散開し進路を開けた。
しかしこれは狡猾なる誘いであり、セラエノが躊躇うことなく
突っ込んでくるところを左右と上方から挟み込むように突進し、
その鋭利なる牙で貫く意図であった。3方向から同時に一点目掛けて
突進すれば当然自分たちも衝突でただでは済まないが、
それでも相手を生かして帰さぬという堅固にして沸騰した
高濃度の殺意をこの3体は放っていた。
果たしてセラエノは敵の術中通りに飛翔し、中央の間隙目掛け、
羽を鋭角に畳んで矢のごとくに突っ込んだ。羽牙は勝機を感じて
左右、そして上方から殺到したが、それを目を爛々と輝かせ、
息を殺し気配を消していたサイアスが待ち構えていた。
サイアスは繚星を左手に短く握って左の羽牙を薙ぎ払った。
左方から殺到する羽牙は自慢の牙を口ごと斬りおとされ、
声にならぬ声を発しつつ速度を失い落ちていった。
また右の羽牙に対しては腰から外した布袋を
結び口を羽牙へと向け、底を支えるように掴んで、
羽牙の眉間目掛け、袋で殴るがごとく叩き込んだ。
ゴリッと硬質な音がして、次いでボッ、と火が上がり、
先刻浴びた小麦粉のせいもあってかそのまま羽牙は燃え上がり、
絶叫しながら東へと流れていった。
袋の中身は内部の結び口付近に小振りな火打石と金具を縫い付け、
周囲から直下には着火用の火口、そして底部には
おがくずや油かす、炭などを詰めた、簡易かつ使い捨ての着火具だった。
無論本来は袋の縁を叩いたり擦りあわせたりして内部で火花を起こし、
ブスブスと燻りはじめたら松明や薪に放り込むなどして使うものであり、
けして相手を殴りつけて火責めにするための武器ではなかったが。
さらにサイアスは身体を大きく横に振り回し、
セラエノの身体を横回転させ裏返して、自身との位置を入れ替えた。
これにより上方からセラエノの翼を食い破らんとしていた羽牙は
サイアスの胸元へと襲い掛かることになり、サイアスは自身の左手から
右手で繚星をひったくると迫り来る羽牙の下あごを叩き斬り、
さらには左手で羽牙の羽を引っ掴んで手早く何度も踏みつけるように
胴体へ向かって蹴りを放ち、羽牙が酩酊状態となったところで
手にした羽を根本から斬りおとした。片羽を失った羽牙は、
朦朧とした意識のまま、ロクな反応もできずに墜落していった。
と、その時後方から甲高い悲鳴らしきものがあがった。
見やると燃え盛りながら東へと流れていった羽牙が半狂乱で
本陣に突っ込み、回避し損ねた味方1体を巻き込んで、
共にメラメラと落ちていくところだった。
「総撃破8! 残敵10!
そして見事な火計! 素晴らしきネコキックだ!!
サイアス、城砦がこちらの様子に気付いたようだ。
後は私に任せてくれ!」
セラエノは西前方に見えてきた中央城砦の城壁から
何かがチカチカと光るのを見てそう言った。
「了解! 楽しませて貰おう!」
サイアスはそう言うと血塗れた繚星を持つ右手と
戦利品の羽牙の羽を持つ左手を体側に流し、
不敵に薄く笑ってみせた。




