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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
28/1317

サイアスの千日物語 二十七日目 その四

「……」


サイアスは、自分の必死の攻撃を軽々と耐え抜いてきた

憎き丸太をじっと見つめた。次第に丸太は丸太ではなくなり、

赤子の声で叫び、おぞましい形相で睨みながら馬車に殺到する、

魔の眷属「できそこない」となった。


剣を握る手には自然に力が入り、知らず知らずのうちに

身体が丸太から遠ざかっていた。暫時の睨み合いの後、

サイアスにはできそこないが鋭い鉤爪で横殴りになぎ払おうとする、

その瞬間が見えた。一歩、二歩、次第に加速し眼前まで迫り、


「!!」


声にならない気迫とともに、振りかぶった剣を叩きつけた。

ズガッと重い音がして、サイアスは夢から醒めたように前を見た。

丸太は頭頂部から腰辺りまで、唐竹割りに裂けていた。


「おー」


「おー」


「おー」


デレクと兵士たちは異口同音に声を上げた。


「まっすぐ縦にいくとはねー。その発想は無かったわ」


「だな…… てっきり袈裟か横薙ぎかと」


「あとは突きな。散々やってたし」


「おぅ、にしても意識飛んでなかったか?」


「夢想剣かよ。シャレオツだな」


サイアスはデレクらの言いたい放題を背中に聞きながら、

丸太に深々と食い込んだ剣を何とか引き抜こうとしていた。

しかし剣はがっちりと食い込んで、まるで引き抜けそうになかった。


「剣が抜けません」


「馬鹿力か非力かわからんな、お前」


「どれ、手伝ってやるよ…… って無理これ」


兵士たちは手伝ったもののうまくいかず、


「そのまま下まで落としちゃえ」


とのデレクの言に従って、兵士たちは楔で岩を割るように

剣を叩いて落とし、丸太を分断した。なんとか外れたその剣を

サイアスに投げてよこしたが、サイアスはそれを取り落とした。

右手が震えてうまく動かなかったのだ。


「はは、まだ無理かー」


デレクは軽く笑ってサイアスの肩を叩き、


「サイアス、ちょっと」


と割れた丸太へ向かっていった。


「剣の入り口を見てみなよ」


言われて見やると、上面やや右寄りの位置から斜めに剣先が侵入し、

後は強引に幹を断ち割って進んでいた。一言でいえば力技だ。全体重を

腕から剣へと淀みなく伝え、丸太を半ばまで断ち割ったが、代償として

その反動を剣から腕へと跳ね返されることとなった。

それゆえ腕が反動に耐えかね、痺れ、震えているのだ。


「剣に重さは十分乗ってる。そこは完璧。ただ、狙いがなー。

 あと刃筋? ま、この際刃筋はともかく。この技、相手が硬いと

 酷い目に合うぞー。今のままじゃ腕がいかれるなー」


そう言うと、残りの丸太へと歩いて行き、ささっと台座に固定して、


「こっち来てみー」


と呼びつけた。相変わらず間延びした調子だが、

サイアスにはデレクがかなり真剣になっているように見えた。


「いいかー、ものには『目』があるんだよ。岩に木にも草花にも、

 勿論人間にも、魔にだってそうさ。ひと目で判るもんでもないけど、

 確かに『目』はあるんだよ。そこをきっちり見抜いてやると」


デレクはサイアスが使った剣を引き取り、さして力も込めず、

しかし鋭く縦に切り落とした。コーン、と心地よい音を残して、

丸太は縦に両断された。サイアスは口をポカンと開けてみていた。


「口。虫入るぞー」


デレクは笑い、サイアスは慌てて口を閉じた。

デレクは剣をぽん、と放り上げ、半回転させて剣先を掴んだ。

そしてサイアスに柄を差し出した。


「ほれ、もちっとやってみー。

 ま、そのうちピンとくるさー」


「おっしゃ、俺らもやるかな」


「おぅ、出番だぜ」


兵士たちも得物を手にしてやってきた。

デレクが丸太を色々な得物で両断・分断し、サイアスと兵士たちが

それを細切れにしてまわった。おかしな木こりの集まりは

延々とこうした作業を続け、数刻後、練兵所たる資材置き場の

かなりの木材が木片へと変わり果てていた。


「ほい、おちかれー。あ、それ運んどいて。

 サイアスは食堂へ、お前らは工房へ。勲功くれるぞー」


デレクは武器をくるくると振り回しつつそう言うと、


「腹が減ったねー」


と言い残して戻っていった。


サイアスと兵士たちはそれぞれ10点の勲功を得て、

今日一日の任務を終えた。

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