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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十九日目 その十三

一対多、人対眷属、という根本的で決定的な違いはさておき、

セラエノと羽牙、この空翔ける両者の間には、看過し得ぬ

さらなる致命的な相違点があった。


羽牙は獣の頭部の両脇にコウモリの羽が生えたような、

歪な形状をした眷属であった。その頭部は人の胴と同程度に大きく、

大きな口には鎧を貫く程の鋭い牙があった。また、被膜によって

形成されたその羽は左右に伸ばした人の手よりさらに大きく、

飛行を可能にするだけの十分な機能を持っており、

もっぱら低空、低速域での鋭利な旋回性能を誇り、味方の動きを上手く

使い、音も無く滑空して背後から急襲する独特の戦闘様式を持っていた。

まさに名前の通り、羽と牙からなる眷属であった。


一方のセラエノは水鳥か猛禽かといった、拡げれば自らの背丈に数倍する

長大な鳥類の翼を持ち、各々が特化した役割を担う多量の風切羽と

何より隙間なく生えそろった羽毛の数々が高い上昇力すなわち

「揚力」を発生させ、また身体が縦長であることから、

安定した直進性能をも有していた。


こと羽に限って語るならこの性能差は圧倒的であり、

特に揚力の差はお話にならない程決定的だった。

セラエノは哄笑しつつその翼を鞭のように振るい、

さらに鋭角に畳んで錐の如くに羽牙の群れへと突撃を敢行した。

羽牙は種全体としてセラエノの姿を確認するのが初めてではなかったが、

常に距離を取って接近を許さず即逃げるはずのセラエノがこうも果敢に

仕掛けてくることに戸惑いを覚え、結果群れとしての挙動に遅れが生じた。

羽牙や魚人は個の意志よりも群れとしての統率を優先するため、

人の群れ同様、不測の事態への対応が鈍い傾向にあったのだ。


セラエノは、不意を突かれて硬直気味の羽牙の群れの中央へと突っ込み、

ブチ当たる手前で激しく強く翼を縦に打ちおろして

莫大な揚力を発生させ、左右の羽牙を吹き飛ばし、急上昇を開始した。

そしてセラエノの動きに合わせ、サイアスが裂帛の気合と共に

全身を使って跳び上がるように繚星を一閃。下から上へと

掬い上げる強烈な刀術の一手「逆風さかかぜ」を放った。

無論習い覚えたものではなく、剣術の裏刃での切り上げを応用した

即興であったが、精度が高く理に適った動きは自ずと利剣を舞い踊らせ、

繚星の煌めく刃は水を斬るがごとき手応えで羽牙の胴に吸い込まれ、

餌食となった羽牙は悲鳴を上げる暇もなく

縦に真っ二つに分かれて落ちていった。


またサイアスの逆風による跳びあがるような身体動作は

セラエノの急上昇に垂直方向への大きな補正を与え、

慣性や加速から言えば斜め前方へと進むはずのその身体は垂直に、

さらにマイナスの仰角を得て上空へと進み、程なくセラエノは

半ば仰向けとなって日差しを受け、すぐにクルリと裏返って

8時方向へと進路を180度変更することに成功した。


今やセラエノは羽牙のそれに倍する高度を得て、

城砦へ向かい滑空を開始した。突然突っ込んできた獲物が

爆風をまき散らしながらキラリと閃光を放って天空に消え、

後には真っ二つに裂けた味方の死体が落ちていくのだから、

羽牙の恐慌振りたるや、想像を絶するものとなっていた。だが、


「ん? 閣下、離脱する個体が出ていないようです」


羽牙は常に3体一組で行動し、一体でもやられると残りは

即座に撤退する。これが城砦兵士の間では常識となっていた。


「ふむ? おそらくは…… っと動いたようだ」


滑空により徐々に高度の下がりつつあるセラエノは、

下方を追随する羽牙の群れから3体が分かたれ、セラエノの

進行方向である南西へと急行するのを見て取った。

滑空とは翼を広げた状態を維持したまま、風をはらんで

滑るように飛ぶ術であり、徐々に高度を失うかわりに速度を得て、

結果として距離を稼ぐことができた。また羽ばたきをせぬ滑空は

体力の消耗を大幅に抑えることができ、空を往く者は

体力と引き換えに揚力を生み高度を得る羽ばたきと

高度と引き換えに速度を得る滑空とを適宜組み合わせて飛ぶのであった。


そして今は高度に勝り優位な位置を占めるとはいえ、

空にある以上無限に飛び続けることは叶わず、

セラエノとていずれは低く落ちゆく定めにあった。

そこで羽牙側としては、高高度への追跡は早々に諦め、

得意な低空域に広域展開し、滑空の降下度合いを読んで

待ち伏せを仕掛けようという戦術的意図を示し始めていた。



「あの3体はこちらの滑空先に急行して

 迎撃しようという肚だね。そしてあの3体が牽制する間に

 本隊が後方から急襲、挟撃に移行するのだろう。どうする?」


「閣下、余力の方は」


「宴にピークが来るよう合わせてるから、まだまだ余裕だよ。

 日を追うごとに力が戻ってきている」


「ではあの3体は生かして帰してやりましょう。

 暫しこのまま滑空し、敵の予測地点に向かうと見せて再度急上昇、

 2時方向へ進路変更しそこから急降下。敵本陣を食い破って

 低空へと侵入し、6時方向へと流れつつ滑空先の3体が合流する前に

 再度上昇し高高度を確保。これでいきましょう」


「ぅぁー、君、見掛けによらず荒っぽいというか、

 殺り慣れてるというか、何というか…… 

 ほんとに空中戦初めてなの?

 まぁいい、やってやろうじゃないか!

 あと暫く敬語禁止! 雰囲気でないから!」


サイアスは苦笑しつつもこれに応じ、

背中のセラエノに凛とした声で口上を述べた。


「……了解した。

 これより我らは敵を屠り敵陣を蹂躙し、敵に恐怖を刻印する。

 天翔けるセラエノの翼を一目みれば、泣き叫びながら

 逃げ出すようにだ! 行くぞ!」


「了解! くぅー、堪らん…… 気合入ったぁっ!! 

 さぁ相棒、花火の中に突っ込むぞ!」 

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