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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
271/1317

サイアスの千日物語 三十九日目 その五

「さて、それでは戦術総論についてはこれで説明を終え、

 次は貴方がたにとって実際に必要となる小隊戦術について

 確認していくことといたしましょう。まずはこちらも

 概論から入ることになります。3ページ目をご覧ください」


室内にページをめくる音が短く響いた。


「小隊戦は当城砦における戦闘の最小単位とされています。

 人より魔や眷属の方が格上であるため、一対一や一対多は

 これを忌避します。ただし、騎士や騎士に準ずる強者については

 この限りではありません。こうした者たちは言わば

 常識の範囲外の存在として扱います。


 そのため、城砦兵士1名が単独で魔や眷属と遭遇した場合に

 取るべき最良の選択肢は、全力で逃走することです。

 逃走は決して恥ずべき行為ではありません。

 次の戦術へ繋ぐための準備動作であり、戦略的な行為でもあります。

 小隊行動中独自の判断で勝手に逃げ出すのは論外ですが、

 自身が単騎である場合や上官から命じられた場合は

 何一つ躊躇うことなく全力で逃走してください。

 これも重要な任務の一つです」


いきなり逃げることから教えられ、

一同は、やや肩透かしを食らった感があった。



「なぜなら逃走には二つの目的があるからです。

 一つ目は味方と合流し多数となって再編成をなし、

 戦闘態勢を整えること。今一つは戦術総論にもある『誘引』です。


 目の前を勢いよく逃げていくものがあれば、

 これを追いたくなるのは生き物の性。

 人も獣も、そして魔や眷属も同じです。

 魚人や羽牙のような、相手を高圧的な態度で威嚇し

 精神的に屈服させることを好む種であれば、

 さらなる恐怖を植え付けようと手を替え品を替え

 迫ってくるでしょうし、できそこない等、獣の延長のような

 種であれば、単に反射行動として猛追してくることでしょう。


 兵士側が軽装でかつ敏捷が15を超えている場合、

 訓練次第では、逃走しつつ敵を望みの場所に誘引し得る

 可能性がでてきます。配下の身的能力については

 十全に把握しておくと良いでしょう」


ルジヌの言に対し、サイアス小隊の面々のみならず

全員の視線がシェドに集まった。



「何よ? 何なのよ!」


「伝令より合ってんじゃないの?」


「んな訳あるかよ!」


ロイエの物言いにシェドが反論した。


「釣れますか?」


「知らねーよ!」


「鎧無しね」


「ちょっ!?」


どうやらサイアスから命が下ったようだ。


「頑張れ三億年選手」


「おまっ、どういう意味だ!」


「大丈夫。人が滅んでも君はきっと生き残るよ」


ランドはそういってシェドを励ました。


フェルモリアの王族を誘引用の餌とすることで

概ねの合意を得たサイアス小隊を見て、

ルジヌは再び講義を始めた。



「では次に、多対一の状況が作れたという前提で、

 具体的な戦術をお話していくことになります。

 基本は総論三柱と同様『誘引、防衛、邀撃ようげき』ですが、

 小隊戦術ではこの三柱を実現するために、個々の兵士が

 独自かつ固有の『役割ロール』を引き受け、その上で

 全員が一個の巨大な兵士であるかのように動くことを

 理想としています。そこでこのロールについて、

 まずは説明していきましょう。


 ロールとは実際の小隊戦に際して個々の兵士が担う

 役割のことであり、初級、中級、上級の三つの階級を持ちます。

 1兵士が1戦闘において1度に用いるロールは1つですが、

 これは複数種のロールが会得できないということを意味しません。

 会得したロールを指揮官の命の下、適宜切り替えながら戦うことが

 できれば、一流の城砦兵士と呼んで差し支えないでしょう」



「まずは初級のロールから見ていきましょう。

 初級ロールは武器名がそのままロール名となっています。

 曰く、『盾』『矛』『弓』といった具合です。役割のみを

 指す場合と区別するために、これに『~使い』といった

 語を足して呼ぶことも多いですね。

 

 原義的に、武器の種類だけロールがあるといっても過言では

 ありませんが、戦術的見地からいえば、ロールは三種に

 集約されます。すなわち前衛、中衛、後衛です。


 前衛とは城砦での戦闘において最重要たる三柱の一つ、

『防衛』を担うロールのことです。当地での戦においては

『敵に近い程、守備的な役割を担う』ことになるため、

 前衛は高い膂力と体力を活かし、全身鎧を纏って大盾等で

 防備を固めます。そして襲いくる敵の攻撃を

 その身を以て耐え凌ぐことを自らの役割とするのです。

 

 格上の相手の攻撃をまともに食らっては、いかに重装であれ

 そう長くもつものではありませんから、単に打たれ強いだけでなく、

 回避や受け流し、体捌きといった、防御に関するあらゆる技能も

 同時に求められることになります。


 こうした前衛のロールには、その最たるものとして、

『盾』があげられます。中には盾を持たず、槍等の両手武器を手にして

 適宜反撃しながら戦う者もおりますが、ロールとしてはその場合も

『盾』と呼ばれます。当然『~使い』は付けません。

 

 さらに特殊な例としては、武器や鎧を用いず、

 卓越した回避技術のみで『盾』を担う例もあります。

 一見無謀の極みにすら見えますが、魔や眷属の一撃の重さを

 考えた場合、防御より回避の方が遥かに継戦能力が高く効率的である

 といえます。ただし一撃でも受けた時点でほぼ戦闘不能となるため、

 かなりの精神力や幸運をも要求されることになりますが」


ルジヌはここでサイアスを見やり

端からは気付けぬ程幽かにニヤリと笑って

補足事項を付け足した。



「回避盾については、この組に在籍するカエリアの騎士にして

 第四戦隊兵士であるサイアスさんが実際に実戦でやってのけて

 おられます。サイアスさんの回避技能は7であり、

 さらに+1の補正を得ています。

 

 技能値7とは名人と呼ばれる域であり、

 その技能について語るときにはまず名前が挙がるといった、

 技能を代表する者とでもいうべき水準です。

 さらに8ともなれば、時代を代表する達人として、

 歴史に名を残す域だと言えます。回避技能で盾として機能するのは

 概ねこの水準に達してからです。目安として覚えておくと良いでしょう。


 回避盾は敵の攻撃の勢いを殺さないため、これと組む

 支援や邀撃にまわる者に熟練を要求することになります。

 サイアスさんの場合、大ヒルを撃破した際は城砦きっての

 芸達者である騎士デレク様がその役割を担ったと聞きます。

 また皆さんもご覧になった北門前での鑷頭戦では

 現在サイアス小隊配下となっておられる兵士長級の強者が

 複数でサポートに当たりました。仕手にとっても支え手にとっても、

 上級者向けの戦術と言えるでしょう。


 ともあれ、前衛にあたる初級ロールは

 ただの一つしかありません。『盾、または盾使い』

 が全てです。『盾』の出来は小隊の戦闘力に直結する極めて

 重要な要素です。装備も最良のものが最優先でまわされます。

 指揮官が『盾』となることは好ましくありませんが、

 適正次第ではあります。皆さんがこのロールを担当する場合は、

 二枚以上の『盾』を併用することが望ましいでしょう」



「化け物のウギャーな攻撃を延々と避け続けるとか、正気か…… 

 やっぱお前、ちょっとおかしいヤツだったんだな。

 納得したわ……」


シェドがサイアスを見やり、頷きつつそう言った。

これに対してサイアス小隊の面々が


「お前が言うな」


とツッコミを入れて朝の繰り返しとなり、

周囲は失笑を漏らしていた。

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