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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
270/1317

サイアスの千日物語 三十九日目 その四

「では次に、『戦術総論』の二つ目の柱である

『防衛』についてお話しましょう。読んで字の如くといった

 内容ではありますが、重要なのは以下の一点です。すなわち、

 我々の目標が平原の防衛である以上、局地戦の勝利は必ずしも

 一義的に優先されない、ということです」


ルジヌは変わらぬ表情と声の調子で講義を続けた。



「一つ目の柱にあるように、我らの役割は平たく言えば囮であり、

 当城砦は魔や眷属に差しだされた餌箱です。

 敵はまず目障りな当城砦を率先して狙い、潰しにきますが、

 もしも我々が圧倒的な軍事力をもって百戦に完勝し

 魔や眷属をまるで寄せ付けぬ戦果を挙げたとすれば、

 魔や眷属は我々の撃砕を一時的にせよ放棄し、平原への侵攻を

 優先するかも知れません。現状魔軍の戦力は圧倒的であり、

 非現実的な状況設定ではありますが。


 とまれ、あくまで仮定として話を続けますが、

 我々人の軍勢が勝ち過ぎた場合、我々が現在おこなっているように、

 逆に魔軍が我々を釣り出すためにアウクシリウムを狙い、隘路で

 待ち伏せする、といった誘引戦術を取る可能性も

 否定し尽くすことができなくなるでしょう。


 現場で戦う個々の兵士に取り、理不尽な内容に

 聞こえるかも知れませんが、大局的に見て勝ちすぎてもいけない

 という、ある種矛盾に満ちた戦闘目的をも内包していること。

 不本意であるかも知れませんが、少なくとも指揮官たる貴方がたは

 このことを心の片隅に記憶しておいて頂きたいのです。

 我々の目的はあくまで平原の防衛であり、局地戦での勝利ではない

 ということを」


やや苦々しげな空気を十分にくみ取りつつ、

ルジヌは淡々と続きを語った。



「かような事情もあって、我々はまず守備を優先し、粘ることを

 第一義として戦闘します。これは無論、反撃するなと

 命じているのではありません。可能な限り粘って『生き残れ』

 と命じているのです。我々がこの地で生き延び粘る程、魔や眷属は

 当城砦に固執し、結果として平原は安寧を手にすることになるのです。

 ゆえに優先順位として、まずは引き付けた敵を防ぎ、凌いで機を探る。

 攻めは二の次と考え、囮としての自分が長持ちするよう鋭意尽力せよ

 ということになります。

 

 まもなく黒い月を迎える現状を加味して言うならば、

『夜を凌いで朝を待て』という言い方も良いかも知れませんね。

 ともあれこれが二柱目の『防衛』についてです」



「さて、戦術総論の最期として、残る一柱『邀撃ようげき』について

 お話しましょう。邀撃とは要撃、すなわち迎撃を意味します。

 我々の役割はあくまで囮であり、可能な限り長期間生き延びて粘る

 ことではありますが、これは攻め込んできた相手に対し、

 無抵抗でひたすら耐えよと命じるものではありません。

 わざわざ殺しにくるものであれば、手にした武器を用いて

 返り討ちにすることを何人たりとも咎めだてはいたしません。

 適宜身の程を教えてやるといいでしょう。


 但し、相手となる魔や眷属はどれをとっても

 人より高い戦力指数を持つ格上ですので、

 邀撃にあたる機会は非常に少ないものとなっています。

 そのため、まず敵を誘引し囮となって耐え忍ぶために第一戦隊が。

 そして一瞬の隙を狙い、確実に仕留めるために第二戦隊があるのだと

 考えれば、腑に落ちるのではないでしょうか。

 

 我々は軍隊であり、一対一や正正堂堂といった絵空事を任務とは

 しておりません。確実に命令を遂行し成果をあげる、それが任務です。

 そのため魔軍との戦闘においては、常に相手より多数で立ち回り、

 個々が役割を担って一個の巨大な兵士であるかのように

 動く必要があります。邀撃に際しては常に味方と連携し、

 出来た隙を的確に突く。無理は決してせず、深追いも避ける

 ということを念頭に置くとよいでしょう」



「さて、随分観念的な話となってしまいましたが、

 貴方がたが配下に説明しやすいように、簡潔な短文で

 まとめたものを紹介しておきましょう。すなわち、


『引き付けろ 防いで耐えて 隙探せ 

 そこにぶち込め 深追いするな』


 です。ちなみにこの明朗闊達にして季語も落ちもセンスも無い、

 しかしとにかく語呂が良く何より判りやすい不思議な東方風詩文

 『短歌』の作者は、我ら城砦騎士団の誇りにして栄えある第一戦隊長

 オッピドゥス・マグナラウタス閣下です。

 

 ああ見えて、と言っては無礼千万ではありますが、

 閣下は文武両道の名将であると同時に、所領を経営する領主にして

 子爵の称号を持つ貴族です。センスは無いですが。

 気さくな方ではありますが、相応の敬意を払うように」



ルジヌは褒めているのか貶しているのかよく判らない

セリフを述べ、やや茶目っ気を見せて

首を傾げ、肩を竦めてみせた。


「……クッ、これがギャップ萌えというものか……ッ」


早速シェドが反応して悶え、

ランドとロイエが顔を見合わせて苦笑していた。 

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