サイアスの千日物語 二十七日目 その三
「さて、んじゃ行こうかねー」
騎士デレクの間延びした声を受け、サイアスと兵士たちは詰め所を出た。
太陽は天頂に差し掛かかり、容赦なく陽射しを降り注いでいた。
初夏に程近い時節柄、それなりの暑さを感じて然るべきだが、
いかなる理由かそういうことは無かった。魔は陽光までをも殺すのか
熱を感じることはなく、また最も生気に満ち溢れた昼という
時間帯にも関わらず、周囲は静けさに満ちていた。
「静かですね……」
サイアスは思ったことを口にした。
「荒野はこんなものだねー」
「城砦兵の大半は夜型だしな。
第一第二の連中には、今は丁度、真夜中みたいなもんだよ」
デレクや兵士たちが答えた。
魔の襲撃が専ら夜である以上、それに備えるのも専ら夜だった。
いきおい夜型にもなろうというものだった。
「第三第四はちょっと毛色が違っててな。
第三は城砦の店員みたいなもんだから昼型が多い」
「俺ら第四は便利屋だからな、仕事となりゃ昼夜問わずだ。
よって休みも昼夜問わずさ」
第四戦隊に限り、上層部からの特命がない限り待機任務となる。
待機中は食う寝る訓練の三つしか選択肢が無いとのことだった。
練兵所はすぐに見えてきた。
中からは時折コーン、コーンという音が漏れ響いていた。
中に入ったサイアスは、思わず目を疑った。
想像していた練兵所とは、まるで趣きが違っていたのだ。
サイアスが想像していたのは、
板張り等の床や整備された地面を持つ厳粛かつ活気ある訓練所であり、
そこで武装した兵士たちが武器を振って鍛錬に励む、そんな光景だった。
しかし実際はだだっ広い敷地の各所に丸太が積み上げられ、
天井や床の随所にロープや台座があるだけの空虚な空間だった。
一言でいうなら、これはまさに資材置き場だった。
「資材置き場……?」
サイアスはまたしても思ったことを口にした。
「ははー。素直な奴め」
騎士デレクは笑った。兵士たちもにやにやしている。
「そうだよな。普通はそう思うよなぁ」
「ま、否定はしないさ。実際あれは資材だし」
兵士は丸太を指差して言った。
あらためて周囲を見渡すと、壁には多くの武具が立て掛けてあった。
デレクはそれらをしばし眺め、槍を一条選び取ると、
人の脚程の太さを持つ丸太の群れに迫っていった。
「ほいっ、よっと」
デレクは手元でくるりと槍を回すと石突を丸太に滑り込ませ、
ひょいと柄を蹴り飛ばした。丸太は軽々と宙に舞った。
「ふんっ」
軽い唸り声とともに槍を反転させ、穂先を丸太に振り落とした。
丸太は宙で両断され、二本の丸太に早変わりした。
打点、支点、膂力、速度、重さ。どれを取っても微塵も無駄のない
研ぎ澄まされた動きに、サイアスは思わず嘆息を漏らした。
そしてデレクをまじまじと見つめた。
「そんな見んな。穴あくだろー」
デレクは少々照れたようだ。サイアスは苦笑して詫びた。
「相変わらずのキレだなデレク」
「うむ、腕だけは半端ない。腕だけは」
「お前らはちっとは上官を敬え」
デレクは軽く笑った。
「それ用意してやってくれよ」
兵士たちはデレクの言を受けて二本になった丸太に近づき、
うち一本を台座に固定した。立った丸太は丁度人の背丈ほどがあった。
「サイアス、後ろの武器から好きなの選んで斬ってみなー」
サイアスは真っ先に槍へと向かった。デレクと同じ武器を使うことで、
その技の冴えを実感してみようと思ったのだ。
だが実際に槍を手にしてみて、考えを改めざるを得なくなった。
この槍はサイアスには重すぎたのだ。
これでは振り回せない、身体がもっていかれる、そう考えたサイアスは、
槍を右脇に挟んで右足を引き、腰を落とした。そして踏み込みから
刹那ずらしてまっすぐ槍を突き出し、丸太の胴へと走らせた。
ガッ、と音を立てて穂先は丸太に突き立った。が、丸太は倒れることも
斬れることもなく、そのままの姿勢で平然としていた。
「人なら殺せるだろうな。まー次いこうか」
デレクはそう言ってサイアスを促した。
サイアスは両手剣、斧槍と長物の武器を試してみたが、
いずれも振り回すには膂力が足らず、結局突きのみによる
不満足な結果に終わった。元々大半の武器は持つのも初めて
だったため、結果は自明だったとも言えた。
大分身体が温まってきたこともあり、サイアスは昨日の一戦にて
「できそこない」を斬った一撃を思い出し、再現しようと思い立った。
そこでいよいよ、唯一手に馴染んだ武器である片手剣を掴み取った。
サイアスは自分の腕が一回り大きくなったような錯覚を覚えた。
にやにやしながら見ていた兵士やどこかぼーっとしていたデレクも、
剣を手にしたサイアスの気配が微妙に変わったのを察知していた。
あぁ、こいつは何かをやる気になった、と。




