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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その三十三

「我らカエリア王立騎士団の駐留部隊が

 国許へと帰還する際、隊長のラグナより、サイアスの

 今後の処遇に関する書状を預かっておりました。

 昨日サイアスの戦力指数を確認し、書状の条件と

 合致するものと判断しましたので、しかるべき対応を

 執らせて頂きたく存じます。まずはこちらの書状をご覧下さい。

 公文書ですのでどうぞお気兼ねなく」


「ふむ、では拝見いたす」


ベオルクはヴァディスからカエリア王家の紋章入りの

書状を受け取り、内容をあらためた。


「うむ。成程。判り申した。こちらはお返しいたそう」


ベオルクは丁重に書面をヴァディスに返却し、


「実は過日の連合軍の会議において、カエリア国王陛下

 その人から歓談賜る機会があり、陛下ご自身からも

 同様の話を承っておるのだ。

 

 曰く『他国のやっかみが酷いので、

 ちょっかい出される前に形にしておきたい』とな。

 実際トリクティアやフェルモリアの首脳は

 かなりの悔しがり振りでな……」


「はは、確かにあの方なら言いそうだ。

 それに他国のやっかみ振りも目に浮かびます。

 ともあれ、そういう事でありましたら此度の儀、

 滞りなく進めさせて頂いても宜しゅうございますか」


「勿論だ。こちらからも是非お願いいたす。

 不肖このベオルクとマナサ及びデレクが、

 城砦騎士の名の下に見届けさせて頂こう」


「有難きお言葉。では……

 サイアスよ、話は聞いていたか?」


「聞いてはいましたが、よく判りませんでした」


サイアスはあっさりそう言った。


「そりゃそうだ…… まぁ良いさ。

 失礼、後ろの方、少し机を下げていただけるかな。

 あぁ結構です。ありがとう」


美女の願いに男衆が迅雷の如く反応し、

あっと言う間に詰め所の中央に広場ができた。


ヴァディスはくすりと微笑んで席を立ち、

開けた場所へ数歩歩いてカっとブーツの踵を鳴らし、

ケープをはためかせてサイアスへと向きなおった。

ベオルクも席を立ってヴァディスの脇に控え、

マナサとデレクもそれに従い、周囲には人だかりができ始めた。



「サイアス。そこに跪き、頭を垂れよ」


ヴァディスが戦場での凛々しい声でそう言った。

その一言、ただ一言で一瞬にして周囲の空気が引き締まった。

無軌道に浮かれつつも、ただの一言で瞬時に臨戦態勢に切り替わる。

いい部隊だ、とヴァディスは思った。


「ハッ」


サイアスはヴァディスの言に屈託も躊躇もなく従い、

左膝を立て、頭を垂れて跪いた。


「ふむ、腰のそれは刀か。剣は無いのか?」


ヴァディスの問いに対し、脇からデネブがサイアスの

八束の剣を差しだした。どうやら気を利かせて

持ち出していたらしかった。


「よく気が付く。大事にしてやれよサイアス」


ヴァディスはデネブに頷くと、

サイアスの八束の剣を受け取った。


「この鍛え、波紋と冴え、ユミル平原の様式だな。

 カエリアの剣で儀に臨めるのも、やはりえにしなのだろう」


ヴァディスは鞘走らせた八束の剣を灯りにかざしつつ、

波紋に似た独特の剣身の鍛えと鋼の冴えに対し、満足げに頷いた。

その後ヴァディスは八束の剣を胸前に引き付けて剣礼の姿勢を取り、

厳かな口調で語り出した。


「これより叙勲の儀を執り行う。

 カエリア王アルノーグ・カエリアの命により、僭越ながら

 この儀は城砦軍師にしてカエリア王立騎士たる

 このヴァディスが務めさせていただく。

 また見届けをベオルク閣下以下、城砦騎士たるお三方に

 お願いし、儀の証立てとさせていただく」


詰め所はしわぶき一つなく静まりかえっており、

ヴァディスの言葉は狭くはない営舎の隅々にまで響き渡った。

ヴァディスはヒュヒュンと手元で剣を旋回させ、ピタリと

サイアスの左肩に剣の腹を当てて、さらにその言葉を紡いだ。


「サイアスよ。

 いかなるときも忠勇たれ。

 いかなるときも剣を掲げよ。

 いかなるときも自らの剣を信じよ。

 汝の命は常に汝の剣と共にある。

 

 手に剣を。心に盾を。

 胸に王命を。背に民の願いを。

 担い切れぬ多くを担い、それでも前に進み続けよ。

 汝、カエリアの騎士となれ」


ヴァディスはサイアスに当てた剣を引き、

リカッソを掴んでサイアスに差し出した。


「……拝命します」


サイアスは顔をあげて両手を差しだし、

八束の剣を拝領した。その後剣を手にして立ち上がり、

右手を胸前に引き付け切っ先を天に向け、剣礼の姿勢を取った。

そして朗朗とした声でヴァディスの言葉を復唱した。


「サイアスはここに誓う。

 いかなるときも忠勇たらん。

 いかなるときも剣を掲げん。

 いかなるときも我が剣を信じん。

 我が命は常に我が剣と共にあり。

 

 手に剣を。心に盾を。

 胸に王命を。背に民の願いを。

 担い切れぬ多くを担い、それでも前に進み続けん。

 我、カエリアの騎士とならん」


それは天と地と、狭間に住まう人との全てに

自らを証立てておこなう誓いであった。

ヴァディスは自らの剣を抜き、ベオルク以下3名の騎士たちも

また抜剣し、それぞれ剣を胸前に構え、サイアスに対して剣礼を返した。

キン、と澄んだ鋼の音が冬の大気の如く研ぎ澄まされた

営舎の空気に木霊して、今ここに一つの誓いが成立し、

一人の新たなカエリアの騎士が誕生した。



遙任ようにんだ。カエリアのために尽くせとは言わぬ。

 これまで同様、人の世のため、平原の平和を守るため

 存分に力を振るうがよい」


ヴァディスはそう言って布包みを取り出し、サイアスの右肩に

中身を取り付けた。それはカエリア王国の剣樹の紋章の入った

盾型の肩章、エイレットだった。サイアスは不意に

その双肩に重みを背負った気がした。


「叙勲の儀は終了だ。

 これにてお前はカエリア王立騎士となった。しかと励め。

 そのエイレットがあれば、カエリアでは飲み食い自由、

 それにどこでも入れるぞ。女湯に入り浸ってもいいし、

 王の私室で昼寝したって良い。無事で済むかは知らんがな」


ヴァディスはそう言って笑い、サイアスの肩を叩いた。


「私とお前はこれで同格にして同僚、共にカエリア王国の

 代表ともなった。とはいえ肩肘を張る必要はない。

 今後も変わらずお姉ちゃんに甘えるが良い」


ヴァディスはそう言って口元に指を当て、

茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。


城砦騎士には及ばぬながらも

一個の武人、一国の騎士と認められたサイアスは

ヴァディスに照れを含んだ微笑を返し、

ニティヤは感極まって目頭を押さえ、

ロイエとベリルも感じ入るところが有ったか目元を潤ませた。

デネブはサイアスに頷いて八束の剣を引き取り、脇に控え、

ランドは遠くを見るような目でサイアスを見つめ、

シェドやラーズは我が事のごとくに照れたりニヤついたりしていた。



「うむ! 実にめでたいことである! 

 よし、今夜20時より、

 サイアスの叙勲祝いの名目で宴会をおこなうぞ!

 まぁ名目は何でもいい。今夜は全額ワシ持ちである。

 城砦の備蓄が尽きるまで、食って飲んで騒ぐがよい!」


ベオルクはサイアスの叙勲を我が事のように喜び、

表情を緩ませてそう宣言した。全力で飲み食いしても

タダと聞いて、兵士たちはそれはもう嬉しげに声をあげた。


「おぉ、宴会ですか。では私もお邪魔いたしましょう。

 いえ、返事は不要。勝手に来ますとも。ルジヌも連れて

 きましょうか。午後の戦で出番がなくてムクれていますからね。

 喜んで憂さ晴らしにくるでしょう。ついでに軍師長も。

 一応見栄えは良いですからな。では残務でも片付けてくるかな。

 これにて一旦失礼します。皆様また後程」


ヴァディスは一方的にそう告げると、鼻歌交じりで

引き揚げていった。営舎は既にお祭りムードとなり、

ガヤガヤとそこかしこで騒がしくなり始めていた。

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