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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その三十二

「グギギギ、フンググググ……

 キシャー! キシャァアアアーッ!」


「騒々しいぞ。何事だ。いや何語だ……」


荷物を運び終えて戻ってきた男衆のうち、

シェドがもはや人語ではない何かを発し、

ベオルクが顔をしかめてそれをとがめた。


「『なんでサイアスだけ、妻だらけ……

 ずるい! ずるいぞぉっ!』と、言ってます」


ランドがさらりと通訳してのけた。


「ちょっとランド、あんたよく判ったわね。

 愛し合ってんの?」


ロイエが驚き呆れてそう言い、


「冗談じゃない。僕が興味あるのは彼の姉妹だよ。

 所領を持っていそうだしね」


「ちょっ!? ちょぉおおお!?」


とランドはさらっと毒を吐き、

シェドはショックで絶句した。



「つーかお前そもそも王族だろ? 

 20過ぎなら妻の一人や二人居るんじゃ無ぇの?」


ラーズはニヤニヤしつつ、わざと煽った。


「グゥッ…… ウ、ウゴワァアアアァアッ!」


これがシェドにとっては痛恨の一撃だったようで、

またしても得体の知れぬ叫びをあげて苦しみだした。


「あー、昨日の飲みで聞いた話だけど。

 14で婚約相手の娘と間違えて娘の父親の風呂覗いて破談され、

 16で将軍の娘に求婚して娘に一騎打ちを所望されてボロ負けし、

 18でヤケになって街の酒場でナンパして派手にふられたとこを

 女官連中に宮中で広められ、それ以来離宮に引き籠り、だとさ。

 まー可哀相なヤツ、か?」


「世界が孤独死を望んでいるわ」


デレクの説明をニティヤがばっさりと斬り捨てた。


「グホァッ! ブシュゥゥー……」


シェドはついに大人しくなった。



「お邪魔しますよ。参謀部のヴァディスです。

 ベオルク閣下はおられますか」


その直後、凛としてそれでいて艶のある女性の声が響き、

城砦軍師にしてカエリア王立騎士でもあるヴァディスが姿を現した。

ヴァディスはいつものローブではなく、軽装ながら武装し帯剣して

肩にはエイレット付きのケープを羽織っていた。

シェドは城砦美女ランキング一位の登場に一瞬で息を吹き返した。


「ヴァディス殿か。お待ちしていた。こちらへどうぞ」


ベオルクはヴァディスに頷いて奥へと招き、

ヴァディスはさも当然のごとくサイアスの脇に腰掛け、

途端、反対側に座るニティヤの機嫌が悪化した。

何と城砦美女ランキング一位から三位が横並びに座る結果と

なったため、シェドは何やら興奮してガッツポーズを取っていた。


「ふむ? どうした御嬢さん。

 私はサイアスの姉のヴァディスだよ。宜しくな」


ヴァディスは余裕の微笑でそう言った。


「まぁ、お姉様だったのね…… 大変失礼しました。

 サイアスの妻のニティヤです。宜しくお願いいたします」


「二号でっす! 宜しくヴァディスお姉サマ!」


(三号です。宜しくお願いします)


と、ニティヤに続いてロイエとデネブが次々に挨拶し、

サイアスは頭を抱えて呻きだした。


「ハハハ、何だか面白いことになってるな!

 良いぞ、妹なら何人増えても歓迎だ、宜しくな!

 ……ところでベオルク閣下。先ほど外まで奇声が

 聞こえてきましたが、珍獣でも飼っておられるのですか」


ヴァディスは声を立てて楽しげに笑い、

ひとしきり笑った後、ベオルクにそう問うた。

ベオルクはしかめっ面でヒゲを撫でつつ


「人の住まいに獣や虫が住み着くのはよくあること。

 まあそう言った類の鳴き声でござろう」


と、シェドを一瞥しつつ言ってのけた。


「そうですか、まぁ害虫なら潰せば良いだけですからな。

 っとまずはサイアスにこれを。参謀部からだよ」


そう言ってヴァディスは虫を見る目でシェドを見やり、

プイと無視してサイアスへ向き直って、

手のひら程の小さな木箱を二つ取り出した。

元気になったシェドは一瞥のみで再び轟沈し藻屑となった。


「某軍師長が粗相をした件のお詫びだそうだ。

 どちらか一つ選ばせる、などと偉そうなことを

 言っていたのでな。ぶっ飛ばして両方奪ってきたぞ。

 お姉ちゃんに感謝したまえ」


「はぁ。ありがとうございます」


サイアスはそう言って木箱を開けた。

中身はそれぞれ水色と薄緑色をした、貝殻でできた

イヤリングだった。色は天然自然のものではなく、

よく見ると緩やかに変色しつつ明滅していた。


「これは、一体……?」


「魔力のこもった装飾品だ。それぞれ水と風のイヤリング。

 水のイヤリングには解毒作用がある。私も付けてるぞ。

 酔い止めに丁度良くてな…… 風のイヤリングは

 矢弾を逸らす効果があるそうだ。まあお守りくらいには

 なるのではないか? どちらも祈祷師衆が年単位で念を込めた

『本物』だよ。嫁ちゃんにでも付けて貰いたまえ」


ヴァディスの言を受けてニティヤがひょいと腕を伸ばし、

早速サイアスの耳にイヤリングを取り付けた。

右に風、左に水。色違いだが形は同じであり、

どちらも仄かな燐光を放っていた。

白金色の髪に瑠璃色の瞳、乳白色の肌に燐光の耳飾り。

その様はまさに絵画に描かれる王子か姫かといった風情だった。


「なかなか似合うわ。いい感じよ」


ニティヤはうっとりとした目でそう言った。


「うぅむ。いっそもう、こいつでいいか……」


とシェドが呟き、一同の視線が集まったところで


「閃いた! サイアスを妻にしてやんよ!

 そしたらついでにハーレムもゲット! ウェヒヒ!」


と叫んで不気味な笑い声をあげた。


「お断りだ」


「ざっけんじゃないわよ!」


「死にたいのね? 殺すわ」


(Damnatio Memoriae !)


との捨て台詞と共に、シェドは一斉に袋叩きにされた。

ニティヤは本当に妖糸で首を落とそうしたために、

マナサが慌てて止めに入った。


「ニティヤ、ダメよ。

 殺すなら人気のないところにしなさいな」


「ごめんなさい。私もまだまだね……

 サイアスとフェルモリアの関係を悪くしてしまう

 ところだったわ。仕方ない、当面生かしておくわ……」


シェドは首に赤い血の筋を付けて口をパクパクさせ、

ランドとラーズの背後に隠れて震えだした。余程堪えたのか、

シェドは以降この手の発言は差し控えるようになった。

またこの一件が由来となって、後世フェルモリアでは

危機一髪に相当する「首に赤筋が走る」との慣用句ができたという。

一部始終を間近で見ていたデレクは、騎士である自分が

ニティヤの動きにまるで反応できなかったことに、

底知れぬ恐怖を感じていた。



「さて、ベオルク閣下、本日伺った件について

 お話しても良いでしょうか」


「うむ、是非とも伺おう」


一方ヴァディスとベオルクはというと、何事も無かったが如く

周囲の状況をガン無視して、予定通り話題を先に進めはじめた。

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