サイアスの千日物語 三十七日目 その三十一
「さて、ともあれだ。私掠兵団の残党を殲滅した
アルミナ殿の活躍に対して、トリクティアと連合軍から
感状と恩賞が下されてな。ラインドルフが城砦領であるため、
ラインドルフの所領を二倍とすることで話が付いたのだ。
よってラインドルフはライン川下流側に元の所領を丸ごと
一個分増やした二倍の領土となった。あれだけの土地があれば
千や二千は十分に養っていけるだろうな」
「それは、有難いというか何というか……」
サイアスはアルミナの活躍を喜びつつも、
どこか素直に喜びきれぬものを感じていた。
「いや、皆まで言わずとも判っておる。
兵士提供義務の事だろう? 無論城砦も連合軍も、
ラインドルフを苦しめようというものではない。
きちんと考えてあるとも。まあ聞くが良い。
……そうだな、まずはロイエンタールよ」
「……? は、はい! 何でしょう」
ベオルクはやや呆れ気味で話を聞いていた
ロイエに話題を振った。
「ロンデミオン傭兵団の残党の一部が
流民となって各地を放浪していたのは知っているか」
「……はい。流石に全員が新たな生き方を
得られるものでもなかったので……」
ロイエはそう言って悔しげに俯いた。
傭兵団長の娘として、かつての仲間を流民としてしまった
ことを悔いていたのだった。
「いや、誰もお前を責めてはおらんぞ?
勘違いするな。人は自らの生き方に自分で責任を持たねばならん。
傭兵ならば、それは身を以て承知していただろうよ。ただな、
そうした残党が、アウクシリウムまで流れてきたのに出くわしてな。
出過ぎとは思ったが、ラインドルフに連れていった。
サイアスの母君であるグラティア様は、彼ら流民40余名を
全て暖かく迎え入れてくださった。息子の配下の縁者なら
己が縁者も同然と仰せられ、一人残らず村人として、な……」
「そ、そんなことが…… じゃあワーレン叔母さんや
アドルフ爺さん、それにチビちゃんたち、今はラインドルフに」
「あぁ。あっという間に馴染んでしまったぞ。気丈な連中だ。
……そこでだ。お前、志願兵として城砦にきておるが、
ロンデミオンが滅んだ今、本籍が不詳になっておるだろう?
これをラインドルフにする気はないか?」
「え? 私がラインドルフ出身に、ですか?」
「うむ。傭兵団の残党はあくまで彼らとして村に入ったが、
これも何かの縁だ。お前もあの村を故郷とするのも悪くなかろう?
さすれば村としても、兵士提供義務を満たすことができて助かるのだ。
お前の戦力指数は流民の戸数を充当するだけのものがある。
増えた人口の分、村の負担が増えるのを防げるというわけだな……」
「なるほど、そうですか……」
経理や庶務に長けたロイエは、ベオルクの言わんとする
いわば書面上のからくりを即座に理解した。
いや、理解し過ぎた。
「……判ったわ。私も覚悟をきめた」
ロイエは顔をあげ、毅然とした態度でそう言った。
ただしベオルクにではなく、サイアスに向かって。
「二号さんで良いわ。全部ニティヤの次ね。
いっそ愛人でもいいわ! なんかそれっぽいし!
正妻はニティヤ、私は第二か愛人ってことでよろしく!」
「……は?」
サイアスは混乱して声をあげた。
「だからあんたのものになるって言ってんのよ!
ちゃんと面倒みなさいよね!」
ロイエは腰に両手をあてて胸を張り、サイアスは思わず頭を抱えた。
どうせ村から兵士を出すならば、領主の家から出した方が
対外的にも「受け」がいい。なら妻の一人として戦地に赴任
したことにして、御家のために貢献しよう、という策であった。
「訳が判らないよ……」
だがサイアスにはそうした機微がさっぱり理解できず、
まず眼前の厳然たる状況への対応に困って呻き、
救いを求めてニティヤを見た、が、
「まぁ愛人なら許してやらないこともないわ……
それくらいは領主の甲斐性というものよ」
ニティヤはこれを認めてしまった。
どうやらロイエの意図を察したようだった。
毎度のことながら、14歳の小娘の胆力では無かった。
「うわぁ……」
これにはデレクが思わず呻き声をあげた。
「うむ! この件はワシの手を離れた!
あとは当事者間で何とかするがよい! それとデネブと
ニティヤについても、同様の目的で本籍をラインドルフに
移そうと思うのだが、異存はあるか?」
と、ベオルクは迅速に責任の放棄を宣言し、
さりげなく話を先へと進めた。
「無いわ。というか私は妻よ? そんなの当たり前だわ!
デネブももう身内みたいなものだし、いいでしょう」
ニティヤはそう言い、デネブもコクコクと頷いた。
「何がなんだか、判らない……
頭が痛い…… 数年眠ってやり過ごしたい……
部屋に戻っていいですか」
サイアスは頭を抱えたまま、
恨めし気な目でベオルクを見た。
「何を言うか、ならんぞ? 話はまだまだあるのだからな。
ほれ、お前も若いのに大変だが、まあ領主とはそういうものだ。
妻の一人や二人や三人や四人、気合で何とかせよ!
観念して御家の繁栄に尽くすがよい!」
ベオルクは他人事ゆえにそう言って実に楽しげに笑い、
マナサもまた肩を竦めて苦笑していた。
デレクは居づらくなって逃げ出そうとしたが、
抜け駆けは許さぬとばかりにすぐにベオルクの供回りに取り押さえられ、
まだまだ一緒に続きを聞かされる羽目になった。




