サイアスの千日物語 三十七日目 その三十
「残りは2名です。続きましてはこちら、
ランド・ロンデミオンです。その名の通り、トリクティアと
東方圏の境界域にあった町、『ロンデミオン』の領主だった者です。
グウィディオンにより祖国を追われ、補充兵としての新たな生き方を
選択しました。彼は最大の特徴として、常であれば数名がかりで
操作する攻城兵器を、単独で扱い得る高い能力を具えています。
工兵として欠くべからざる存在となってくれることでしょう」
「ランドです。副長閣下。宜しくお願いいたします」
ランドはサイアスの説明にややはにかんだものの、
威儀を正してベオルクに敬礼した。
「うむ。ロンデミオンの件は災難であったな……
御父君ロイド・ロンデミオンは名君として知られていた。
……お前もやはり、そうなりたいか?」
ベオルクは目を細め、どこか思案気にそう言った。
「いつか…… いつか叶うことならば、
所領を持ち、ロンデミオンと名付けて治めたい。
それが偽らざる気持ちであります」
ランドはベオルクの問いにはっきりとそう答えた。
「うむ。その志、しかと聞いておこう。
当騎士団はかなり広大な領地を有している。かつては水の文明圏に
属した地であり、当城砦が陥落すれば、大半は一夜のうちに
魔や眷属に滅ぼされかねぬ、実に不安定な土地ではあるがな。
そうした土地を高い功績をあげた者に恩賞として与え、
開拓させて新たな村を興す例は城砦の戦略上、少なくない。
かつての我らの戦隊長にして、このサイアスの父、
ライナス・ラインドルフ様がそうであったようにな。
今後の活躍次第では、お前にもそうした機会が巡ってくるだろう。
是非とも精進するが良い」
ベオルクはどこか慈父のような表情で、何度も頷きつつそう告げた。
「はい! ありがとうございます!」
ランドはベオルクの言に感銘を受け、
明確な目標を見据えて心をあらたにしたようだった。
「最後はこちら、シェド・フェルです。
本名はシェダー・フェルモリア。
フェルモリア王家の王子の一人とのことです」
サイアスは最後に、すっかり待ちかねたといった様子の
シェドを紹介したが、
「知っておる。こいつが城砦に残ると言い出したせいで、
団長は王妃様にそれはもう、ドヤし付けられていたからな。
まぁいい気味だが」
ベオルクはそう言って人が悪そうに笑っていた。
「お前、団長への客人ではなく城砦兵士となるからには、
もう特別扱いはできんぞ。団長の縁者であれ王家の子息であれ、
一介の兵として、常に最前線に出ることになる。覚悟の上か?」
「勿論です! 俺は仲間と共に戦うと決意しました!
王家なんてクソ喰らえっす!」
シェドは勢いよくそう言った。
「これ、そう大っぴらに言うでない。
大事なスポンサーなのだからな。フェルモリアの鉄が
なければ武器も満足に作れんぞ? それなりに感謝しておけ」
「はい! それなりに感謝します! クソオヤジありがとー!」
シェドはどこか投げやりにそう言い、一同は思わず笑っていた。
「して、こいつには何か才能があるのかね。
勝手に動くのが好みのようだが」
ベオルクはどこか楽しげにサイアスにそう問うた。
「どうやら先刻の戦にて、伝令としての素養に目覚めたとの
話を聞いています。当面はランドの補佐をしつつ、ゆくゆくは
そちらの才を高めていくのもよいかもしれません」
サイアスは無難にまとめてそう言った。
「成程な。伝令がこやつなら、隊の雰囲気も明るくなるだろう。
もっとも、すぐに悪乗りしそうだがな……」
「大丈夫っす! もう懲りたっす!」
シェドはまたしても機動大隊に捕まった件を持ち出され、
半泣きで弁解し、一同はさらに笑っていた。
「サイアスよ。報告はしかと受け取った。
此度の任、大義であったな。後にしかるべき形で報いよう。
第四戦隊兵士長としてな…… おい、そんなイヤそうな顔をするな!
ちょっと雑用が増えるだけだ。部下にやらせればいいだろう?」
ベオルクはしたり顔でそう言ったが、
その場にいるのは全員ベオルクの「部下」であったため、
一斉に冷たい視線を浴びせられ、慌てて咳払いして誤魔化した。
「……ウォッホン。さて、では今度はこちらから話がある。
無論お前と配下に関わる話だ」
ベオルクは話題を切り替えそう言った。
「まず、サイアスよ。営舎の表に馬車が一台横付けしてある。
全てお前への実家からの荷物だ…… 配下を使って自室へ運ぶがいい。
あぁ、改築の件は聞いているぞ。問題ない。また必要があれば
いつでもやるがいい」
「……ハッ。
ではデネブとランド、シェドで運んでおいて貰えるかい」
「あぁ、デネブは残せ。話がある」
「んじゃ俺が行ってくるぜ。ランド、シェド、ラーズで行ってくる」
そう言って男衆3名は荷物の輸送に向かっていった。
「それで副長、お話というのは」
「うむ。まずはお前の実家のことなのだがな……
一言でいうと、所領が増えた。詳細は後でこの手紙を
見ておけ。奥方様からだ」
「はい…… 後で確認します」
サイアスはやたら分厚い手紙をやや顔をしかめつつ受け取ると、
肩を竦めるベオルクに続きを促した。
「今回団長の供であちらに戻ったおり、
一日お前の実家に滞在したのだがな。その時の事を順に話そう。
まずは過日、グウィディオンの私掠兵団の残党が山中に潜み、
付近の村を襲う事案があってな。連中はラインドルフにも攻めて
きたそうなのだが……」
「なんですって!?」
サイアスより先にニティヤが声を上げた。その声は剣呑にして
怒りに震え、溢れんばかりの殺気に満ち満ちていた。
「落ち着け落ち着け! しかしその気迫、
お前はやはりあの屋敷の住人そっくりだな……
あの村は山賊程度でどうこうなったりはせぬよ!
まあ聞くが良い! 野盗そのものと化した私掠兵団はな、
対応にでたアルミナ殿の機嫌を損ね、一人残して文字通り
バラバラにされたのだ。残った一人は山中のアジトに逃げ帰った。
無論わざと逃がしたのだ。アルミナ殿はこれを追跡して
山中のアジトを発見し、山ごと丸焼きにして皆殺しにした。
……要はグウィディオンの私掠兵団の残党は、
アルミナ殿一人で殲滅してしまったのだ」
「まぁ、素敵ね…… 私もそういうの大好きよ」
マナサが率直な感想を述べた。
「やばい。ラインドルフやばい。覚えた……」
デレクはブツブツとそう繰り返していた。
「アルミナ様…… 一体何者なの?」
ニティヤはサイアスにそう尋ねた。
「アルミナはメイドだよ。今は引退しているけど。
母の妹のような人で、私の乳母だね。
アルミナは名前以外で呼ぶともの凄く怒るんだ。
オバさんとか言うと、身内以外はまず殺すね」
「無礼討ちね。当然だわ」
ニティヤは事もなげにそう言って頷き、これにはマナサも頷いていた。
ベオルクはため息を付き、デレクは完全に引いており、
サイアスはどこか懐かしそうな顔でアルミナを思い出していた。




