サイアスの千日物語 二十七日目 その二
朝というには随分と日が高くなった頃。
第四戦隊の営舎の一室でサイアスは目を覚ました。
相当疲れていたのか、かなり長時間眠りこけていたようだ。
慌てて身づくろいを済ませ、装備はガンビスンのみで居室を出た。
営舎には南北に長い通路があり、左右にはサイアスが居たのと
同様の居室が並んでいた。通路の両端には大部屋があり、
それぞれ食堂と待機中の兵士の詰め所になっていた。
サイアスは詰め所へと歩いていき、入室すると挨拶をした。
「おはようございます……」
「おぅ、起きたかいお眠ちゃん」
「とりあえず全然おはやくはないぜ」
「普通、初陣後は興奮して眠れないんだがなー。
相当神経図太いなーお前」
詰め所で待機していた兵士や騎士から、早速歓待を受けることとなった。
皆一様に柔らかい表情をしているのは、サイアスの出自を
知ってのことだろうか。
「すみません、何だか妙に眠くて」
「いいんじゃないか?
ここじゃ食事と睡眠が最大の娯楽だしな。
非常時以外は満喫したほうがいい」
「だな。どうせ用があれば叩き起こされるさ」
歴戦の猛者たちゆえか、達観と楽観がいい塩梅で混在しているようだった。
しばらく雑談をしていると、隊長を代行しているベオルクがやってきた。
「起きたかサイアス。早速だが一仕事だ。
仕事というよりは準備の類だがな。今日は武器決めをして貰いたい」
「武器決め、ですか?」
「うむ。今後用いる武器の種類を決めるのだ。
敵が敵だけに損耗が激しく、大抵の武器は使い捨てとなって
選り好みできん場合も多いのだが、武器種に関しては特定のものに
絞って訓練しておいた方が良い。適正をみて一番合うものを選ぶといい。
ロールに関してはのちのち実戦で判断するとしよう」
「ロールとは何ですか?」
「城砦兵士が実戦において担う役割のことだ。
武器種とも密接に関係し、ロールに応じて武器を選ぶことも多い。
まぁ訓練課程すら済んでいないのだ。武器種からでも問題あるまい」
「はぁ」
「おいデレク、ちょっとみてやってくれ」
「あいよー」
何とも気の抜けた返事が返ってきた。
「こやつは城砦騎士デレクだ。
とぼけた奴だが若手筆頭の腕利きだ。
一通りの武器を高次元で使う芸達者でもある」
「暇だし俺らもついていくか。ついでに訓練でもしよう」
数名の兵士が名乗りを上げた。平時はそれなりに時間があるようだ。
「ここを出て北へ少し行ったところに第四戦隊の練兵所がある。
武器はそこにあるものを使えばいい。まずは食堂で腹ごしらえしておけ」
そういうとベオルクは数名を伴って詰め所を出ていった。
サイアスは一旦食事へ向かう旨伝え、挨拶をして食堂へと向かった。
「やぁ坊ちゃん、よく来なすったねぇ」
食堂に入ると早速厨房から声がかかった。見れば恰幅のよい中年女性が
こちらに手を振っている。サイアスは一礼し、そちらへ歩いていった。
「ライナス戦隊長のことは残念だったね……
私らも散々世話になってたんだが。しかし坊ちゃんがこんな早くに
ここに来られるなんて、戦隊長もびっくりしてるんじゃないかい」
「父をご存知なのですか?」
「ご存知も何も、才能皆無な新兵だった私を
第四戦隊付きの厨房長に引き抜いてくれたのは戦隊長さ。
ここ四戦隊の連中は皆、馬鹿みたいに強いからねぇ。
お陰でこうして不自由なく生き延びてるよ。
ま、体型は随分変わっちまったけどねぇ」
そういって厨房長はカラカラと笑った。
「ともあれ腹ごしらえしなきゃね。すぐ用意しよう」
食事はサイアスが想像していたものより遥かに質が良いものだった。
日持ちする食材中心ではあるが、調理に細心の工夫が凝らしてあった。
戦闘の才能はともかく、調理に関しては抜群の才能があるようだった。
「ここには一応菜園やらもあるんだけどね。新鮮なのは貴重品扱いさ。
輸送部隊もかなり頑張ってくれてるんだけどねぇ」
サイアスは色々と話を聞きつつ食事を済ませた。
その後厨房長の厚意で茶を煎れて貰い、
一息ついたところで詰め所へと戻った。