サイアスの千日物語 三十七日目 その二十九
「では続きましてこちら、弓使いのラーズです。
ラーズは東方圏を中心に活躍した名うての傭兵で、
『魔弾』の異名を以て知られるワタリガラスです」
サイアスの説明にベオルクは目を丸くした。
「何? 『魔弾』…… どういったものだ」
「あぁ、魔剣とかとは違いますぜ……
単に矢の弾道を弄れるってだけで」
ラーズはそう言って苦笑した。
「ほう、弾道を変えられるのか?
それはそれで恐ろしいな……
四戦隊で弓と言えば、まずはデレクだが……
デレクよ、どうだ?」
「こいつの弓は本物ですよ。俺より二段は上ですねー
ブーク閣下と良い勝負なんじゃないですか」
デレクはそう言って笑顔で太鼓判を押した。
「ブーク閣下とは弓の扱いが大分違いますな。
俺ぁ細かく撃つ方です。閣下は何というか、違いますね」
ラーズはそう言って苦笑した。
「ふむ、そこに気付く辺り、やはり只者では無いな……
それほどの者がサイアスの配下になるとは」
ベオルクはやや呆れ顔でラーズとサイアスを見比べた。
「ハハ、大将と居ると、とにかく退屈しないんでね……
それに俺ぁ、弓さえ撃てりゃ満足なんで。
一つ宜しくお願いしますぜ、御大将」
「御大将ときたか……
まぁ好きによんでくれ。宜しくな」
ベオルクはそう言って笑い、
「お前、馬には乗れるのか」
とラーズに尋ねた。
「移動で乗ったことがある程度ですね……」
「ふむ…… どうだ?」
ベオルクはラーズの言を受けてデレクに問うた。
「良いと思いますよ。こいつが騎射を覚えたら、
多分えらいことになる」
デレクはベオルクの意図を読み、そう言って笑った。
「よし、ラーズよ。サイアスと共に馬術を学ぶが良い。
そして騎射技術を習得せい。馬術の技能値が5に達したら、
お前には専用の馬を一頭用意してやろう」
「おぉ、そいつは平原の戦じゃあ、
ついぞできず終いだったことだ……
有難い、精進させて貰いますぜ、御大将」
ラーズはそう言ってベオルクに敬礼し、
「うむ、励め」
とベオルクも笑顔で応じた。
「続きましては、こちら、ニティヤです。
『ニティヤ』とはマナサ様の一族に連なる暗殺者の名跡であり、
かのグウィディオンを見事討ちとった本人でもあります」
「ニティヤと申します。
本名は別にありますがニティヤで構いませぬ。
それに今は、ただのサイアスの妻です。どうかよしなに」
ニティヤは物怖じ一つせずベオルクを見据え、
これまた物怖じ一つせずとんでもないことを言い出した。
「何、妻……?」
「はい。妻です」
思わず問い返したベオルクに対しても、
断固たる意志で押し通すニティヤに対し、
コロコロとマナサが笑い出した。
「誰に似たのか、とても頑固で人の話を聞かないのよ。
一念発起してグウィディオンを殺す程度には、筋金入りで強情だわ。
まぁ悪い子じゃないから安心してくださいな。勿論腕の方もね。
この子が本気になったら、私でも危ないわ……」
マナサの物言いにニティヤはツンと澄ましたままであり、
デレクはマナサ級の畏怖を感じて居住まいを正した。
ベオルクは何やら溜息を付きつつ、
「うむ…… ニティヤと言ったな。
お前はサイアスの身内にそっくりだ。
お前の美貌と武略であれば、あの妖怪屋敷でも
きっとうまくやっていけるのだろうな……」
と、しみじみとしてそう言った。
「妖怪屋敷て……
戦隊長の家ってそんなヤバいんですか?」
とデレクがベオルクに問うた。
「何をぬかすか、ヤバいどころではないぞ!
このワシが恐怖の余り卒倒しかける程だからな。
正直あの屋敷の住人だけで、第五戦隊が務まる程だ……」
「うへぇ……」
「お義母様、お会いしてみたいわ……」
ニティヤはどこかうっとりとしてそう言った。
「う、うむ。お前は間違いなく気に入られるだろう。
下手すればサイアス以上に馴染むやも知れぬ……」
ベオルクはげっそりしつつそう応え、サイアスは肩を竦めていた。




