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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その二十八

その後城砦へと戻りゆくサイアスは、城門北部で整列を開始していた

第二戦隊や輸送部隊の兵士たちから熱烈な歓声を浴び、

ついつい微笑を返しつつ、居並ぶ騎士団長や剣聖ローディス、

ベオルクらに対し、戦地ゆえ馬上ながらに敬礼した。

彼らは一様に上機嫌でその様をみやり、また天を駆け一瞬の機を

生み出したその功績を大いに褒めたたえ、サイアスが先に戻ることをも

笑顔で快諾した。サイアスは謝意を述べ再度敬礼してその場を辞し、

ニティヤと共に一足先に、城砦の中へと戻っていった。



入砦し第四戦隊用の厩舎に入ったサイアスは、ミカを引き取りにきた

厩務員たちに、ミカの首を抱きしめながら、いつもからは

考えられない熱い調子で言葉を尽くしてミカの活躍を褒め讃えた。

厩務員たちにとって厩舎の馬は我が子も同然であり、

厩務員たちは皆、蕩けるような表情でその賛辞に聴き耽っていたが、

後にミカが天空を舞い駆けめぐったと聞かされて腰を抜かさんばかりに

仰天し、以降ミカは天馬・神馬として、いかなる名馬にも劣らぬ

待遇を以て世話されることとなった。



ようやく営舎の自室へと戻ったサイアスは、ブツブツと何事か呟きつつ、

さっさと洗面所に向かい、浴室に入って身体を清め、香木の香り豊かな

湯船にブクブクと沈んで、暫しゆったりまったりとした。


暫くして、ついつい実家の勢いでロクに着替えも用意しては

いなかったことに思い至り、どうしたものかと思案したが、

洗面所には既に着替えが用意してあった。サイアスの居室では

いつからかデネブが家事の一切を取り仕切っており、

今回もニティヤに続いて慌てて戻ってきたデネブが気を利かせ、

支給されたばかりの新品の着替えを一式準備してくれたらしかった。

サイアスは有難く衣服を新調し、身を整えて応接室に出た。


応接室の卓上では、ニティヤが厨房で注文してきたらしい、

珍しい飲み物が待ち構えていた。その飲み物は大型の透明な

グラスに細かく砕いた氷を大量に詰め込み、そこに炭酸を加えた

果実酒を流し込んだもので、さらにグラスの縁に果実の切り身を飾り、

トドメに表面には氷菓を浮かべ、スプーンとストローが差してあった。

サイアスは一目でその飲み物が気に入り、一口飲んで味をも

気に入って、一気に機嫌が回復した。


「ふふ、美味しいかしら? 機嫌が直って良かったわ」


ニティヤはそう言って楽しげに笑い、サイアスに

薄手の羽織を差しだした。サイアスは新調した黒の平服の

上から鮮やかな色彩のその羽織をふわりと羽織り、

すっかり上機嫌となって、ニティヤとデネブに見守られながら、

空から見た景色や色々なことを子供のように話し、そのうち

疲れたのかソファに転がって寝てしまった。

ニティヤとデネブは顔を見合わせ、くすりと笑いあっていた。



それから小一時間もした頃、時刻は四時を少し回った頃。

他の配下一同がやってきて、サイアスに帰還報告し、副長が

詰め所に戻っていることを伝えた。サイアスは寝ぼけ半分で

報告を聞いたあと、一旦寝室に戻って身支度を整え、

ガンビスンにブレー、腰に繚星といった出で立ちとなって、

配下全員を伴って詰め所へと向かった。


詰め所は30名近い兵たちでごった返していた。皆手に手に

某かの小荷物を抱え笑顔であり、思い思いの様子で歓談に

勤しんでいた。どうやら平原に戻ったベオルクからの、各自への土産

らしかった。サイアスらが敬礼して詰め所に入ると、すぐに

奥からベオルクに呼ばれた。


「サイアス。こっちだ。こっちへこい」


ベオルクはサイアスへ向かって笑顔で手招きし、脇には数名の

供回りの他マナサやデレクも控えていた。卓には書類の束が見え、

どうやら不在時の報告等を受けていたらしかった。



「お帰りなさいませ副長。ご無事で何よりです」


サイアスはベオルクの下へ向かい、自然な笑顔でそう語りかけた。


「うむ。しかしお前には驚いたぞ。たった数日見掛けぬうちに、

 空まで飛ぶようになっていたのだからな! ハッハッハ!」


ベオルクはそう言って楽しげに笑い、

サイアスの肩をバシバシと叩いた。サイアスは苦笑しつつも


「報告すべきことが色々あります。

 まずは軍師ヴァディス様が今夕こちらの詰め所にて

 面会をお望みということです。私に関する話だと聞いております」


「ほう? まあ見当は付くがな。

 到着次第対応するとしよう」


ベオルクはどこか含みのある笑顔でそう答えた。


「次に、お預かりした案件が無事片付きましたことを報告します。

 こちらに控えておりますのが残りの配下です。

 順に紹介させていただきます」


サイアスはそう言って配下らに手をかざし、

配下らは居住まいを正して続きを待った。ベオルクは既にデレクから

書面で報告を受けてはいたが、興味深げにサイアス小隊の面々を見渡した。


「ロイエンタールとデネブの2名については、

 紹介済みですので省きます。まずはこちら、ベリルです。

 幼いながらも器用と知力に長け、衛生兵となるべく

 修練を重ねております。先刻の戦いでは神経毒に侵された

 兵士に血清を投与し、その命を救う活躍をしました」


ベオルクはヒゲを撫で付けつつベリルをじっと見つめ、


「うむ。見事なものだ。味方の命を救ったとあれば、

 幼くとも立派な一個の兵士であり、我らがともがらである。

 今後も怖じることなく活躍してくれ」


と告げた。ベリルはガチガチに恐縮して、

単に礼をいうだけのところ、


「は、ははいっ! ありがとう御座います! 

 おヒゲのオジ様!」


と口走ってしまった。どうやらベリルはベオルクの名前を

知らなかったらしく、言ったあと当人も周囲もあっ、と言う顔をしたが、

ベオルクはクワっと目を見開き、


「!? おヒゲのオジ様、だと……」


と、しばし硬直して小刻みに震えた。ロイエが慌ててベリルを

たしなめ、ベオルク様よっ! と訂正を命じたが、

当のベオルクが手をあげてそれを制し、


「ベリルよ…… 

 今後もその呼称を用いることを命じる」


と厳かに告げ、ムフン、と何やら不気味な笑みを浮かべ始めた。

供回りもマナサもデレクも、その様子に思わず呆れたが

口に出してはなにも言わず、サイアスもジト目で

続きを紹介することにした。

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