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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
256/1317

サイアスの千日物語 三十七日目 その二十六

一拍目。


北東より多量の馬蹄と砂塵が近づき、輸送部隊が速度を保ったまま

城砦へとその道行きを進んできた。護衛の騎馬の中には城砦騎士団長や

ベオルクの姿も見え、状況を窺いつつ場合によっては戦列に加わろうと

臨戦態勢で構えている様子だった。


城砦北門手前ではサイアスがミカに声を掛け、

ミカは北へと駈足を開始した。その行く手には一つの

遮蔽物もなく、ミカはその身の赴くままに、

高らかに馬蹄を鳴らして突っ走った。



二拍目。


東方に表われた砂塵と馬車の群れ、そしてかなりの数の兵の流れに対し、

件の魔物はこれまでの膠着が時間稼ぎであったと悟ったのかどうか。

おそらくは馬車へと狙いを定めるべく、まずは眼前の小さな敵を屠らんと

その行動を開始した。魔物は触手に掴んだ様々のもののうち、

手始めに大盾と両手斧をローディス目掛けて投げつけた。


輸送部隊はマナサら第二戦隊本陣の先端部の東側を抜け、

マナサは配下に輸送部隊への追従を指示。前方である西方で戦闘が

始まったのを見計らい、愛馬クシャーナに命じて西へと進み始めた。


サイアスは速度に乗ったミカをさらに煽って北へと走らせ、

前方左手には第四戦隊の本陣も見えてきた。本陣にはいつのまにか

サイアス小隊も呼ばれており、兵士らはサイアスとミカの疾走に合わせて

武器を手に声なき声援を送っていた。



三拍目。


ローディスは投げつけられた大盾や両手斧をわずかに身を捻って

軽々とかわし、足場の悪い中巧みに動いて少しずつ距離を詰め始めた。

魔物は続けて残りの武器をも投擲し、さらに投擲に紛れて触手から

針を射出。派手に飛翔する武器の陰から本命として忍ばせた。


輸送部隊は最後尾がちょうど魔物らの真東を通過しており、

第二戦隊の分隊がその周辺を固めつつ共に南下しつつあった。

マナサはクシャーナと共に西進しつつ両手に銀の輪を構え、

投擲の隙を伺っていた。


サイアスとミカは全力疾走のまま城砦北部の平地部をほぼ走破し、

いよいよ緩やかな斜面をすぐ前方に捉えていた。



四拍目。


輸送部隊はやや南東へとすぎゆき、件の魔物は焦りと共に残りの

武器と触手を振り回しつつローディスへと迫った。

ローディスは飛来する武器を巧みにかわした。また武器の背後から迫る

針の動きはこれを完全に読み切っており、十分な距離を取って側面に流れ、

その全てをもかわしきった。そして不規則ながらも着実に距離を詰め、

互いに概ね10数歩というところまで迫っていた。


マナサはローディスが針をかわして飛び退くのに合わせ、両手の

銀の輪を射出。クシャーナの動きを止めてそれ以上は近づかず、

状況の展開を見守った。


サイアスとミカは第四戦隊本陣の脇を疾風のごとくすり抜けると、

前方へ続く斜面を見据えて大地を力強く踏みしめ、

ミカは大地を蹴り、宙へと跳ねた。



五拍目。


輸送部隊と合流した第二戦隊一同は、ローディスと件の魔物の戦闘の

南手で、轟く馬蹄と甲高い馬の嘶き、そして空から降り注ぐような

気高く雄々しい歌声を聞いた。


ローディスは眼前の魔物に集中し、最後の一歩を踏み出すべく

左右に動きつつ間合いを測り、魔物は両側に広げた一際長い触手を

視界の外から覆いかぶせるようにローディスに叩きつけようとした。

だがその二本はさらに視界外から突如飛来した銀の閃光によって

切断され、飛沫をあげて地に落ちた。


マナサの投げた銀の輪「チャクラム」が狙い過たず

魔物の必殺の斬撃を封じたのであった。


そして南方では、宙に跳ねたミカが緩やかな斜面を滑り下りるかに見えて、

徐々に高度を上げ始めていた。その背には光り輝く純白の翼が現れ、

雄々しく大気にはためいた。サイアスは、ミカは天を舞い空を駆けた。



六拍目。


ただ一人の例外を除く、その場に集うあらゆる者が、

その光景に目を奪われた。甲高い嘶きと歌声を響かせて、

漆黒に金の筋走る見事な毛並の軍馬は背中に翼を輝かせ、

鈍色の大空を駆けていた。それはまるで戦場に舞い降りた神の使いであり、

伝説の戦乙女の行進であった。3百を超す人の群れは言葉を忘れ戦を忘れ、

件の魔物さえもただその雄姿を見守っていた。ただ一人の例外を除いて。



七拍目。


ただ一人、天馬の行軍に魅入られなかった男、

剣聖ローディスが裂帛の気合と共に紅蓮に輝く魔剣を一閃させた。

件の魔物はその巨体に縦に亀裂を走らせ、左右に分断されて

ずるりと滑るように大地に落ちた。分断された巨体は

すぐに紅蓮の輝きに包まれて、魔剣にその命を吸い取られるように

激しく明滅し、燃え尽きていった。


件の魔物の死体は、最後の最後まで大漁旗を

その触手に握りしめたままだった。

ローディスはその様を意気に感じ、仕留めた敵に敬意を表し、

剣礼をし暫し黙祷をささげた。


天馬と化したミカは下界の戦闘が片付いたのを見てとってか、

何度か上空を旋回しつつ徐々に高度を下げ始めた。

言葉を忘れ、戦場を忘れて状況をただ見つめるだけだった人々は、

剣聖ローディスの勝利を理解し、張り裂けんばかりの歓声を上げ始めた。



八拍目。


ローディスは南の空を旋回する天馬にようやく目を留めて、

わずかに目を細め、何事か呟きつつ魔剣を天馬に向けて

掲げてみせた。すぐにマナサがローディスに駆けより、

笑顔で何事かやり取りした後配下に手を振ってみせた。


第二戦隊の兵士らが戦場に相次いで足を踏み入れ、

ローディスや各地の屍の下に走った。そして屍に火を灯し、

そこかしこで一斉に火葬が始まった。死臭を絶やし周囲を浄化し、

これ以上の戦闘を行わぬという意思表示でもあり、また

此度の戦闘で死んでいったものたちへの追悼の意味もあった。


サイアスとミカは緩やかに高度を下げて斜面を南へと滑空し、

やがて地に舞い降り、しばしたたらを踏んだのち、

ゆるやかに南方へと歩みだした。



九拍目。


城砦北門前の平地部分には、数百を超す人々が集まっていた。

輸送部隊の面々、その護衛、展開していた第二、第四戦隊の兵士たち。

そこに魔物を仕留め馬を届けられて騎乗の人となった剣聖ローディスや

騎士マナサ、その他大勢が凱旋し、兵たちの熱狂的な歓声を浴びていた。

さらにそこに、サイアスとミカ、その背後でぐったり伸びている

セラエノも到着し、辺り一帯はお祭り騒ぎとなった。

喧噪と熱狂の冷め遣らぬ中、ローディスは作戦の終了を宣言。

到着した騎士団長を先頭に、一同は意気揚々と城砦への帰還を開始した。

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