サイアスの千日物語 三十七日目 その二十三
城砦北門前に到達したサイアスは低い声でミカの足を留め、
ミカの鬣や首筋を撫でてその健脚振りを労った。
城門の周囲に待機していた兵士たちは
恐ろしい勢いで突っ込んできたサイアスが
何らかの伝令を担っていることは様子で判断できたため、
暫しサイアスと馬が落ち着くのを待っていた。10拍程の後、
わずかにミカが落ち着いたところで、サイアスはミカを旋回させ
城砦へ向き直って大声で口上を発した。
「剣聖閣下の特使である! 軍師長セラエノ様はいずこ!」
サイアスの口上は城砦北門から外郭、内郭を貫いて
本城入り口付近にまで響き渡った。城門や随所に居る
歩哨の兵士たちはその音声をしかと聞き取り、
口々に復唱して城砦の奥へと投げかけ始めた。
城砦における歩哨の兵士は単なる警備のみならず、こうした
伝令補助も担っており、サイアスは同様の口上を繰り返しつつ、
次に備えてミカに休ませるべくやや馬足を落として城砦内を進み、
伝令内容はそれに先んじてどんどん奥へと送られていった。
サイアスは北門をくぐり外郭を抜け、内郭に入って本城の兵士に
口上を述べつつ頷いた。兵士らは頷いて本城北門を解放し、
サイアスは騎乗したまま本城中央部をさらに駆けた。
元々部隊が隊伍を組んだまま移動できる道幅があるので
馬が通るのになんら差し支えはなかったが、
本城内を馬で走る例はそうあることでも無かった。
やがて本城北部一帯はサイアスと同様の口上を連呼する声で溢れ、
サイアスが本城中央の司令塔に着く頃には、四方八方から呼び立てられ、
居ても立っても居られなくなった軍師長セラエノが、
「遅い! 早く!
早くこのうるさいのを黙らせてくれ!」
と喚きながら頭上から降ってきた。
サイアスは上空にセラエノの姿を認めると、くるりとミカを旋回させ、
「任務達成せり! ご協力感謝します!」
と大声で各地の歩哨に礼を述べ、歩哨たちは笑顔で敬礼して応えた。
セラエノは巧みに翼をはためかせて器用にサイアスの後ろに座り、
「すっかり兵を手懐けているとは、
サイアス、恐ろしい子……!」
とのたまった。
セラエノは相も変わらずのマイペース振りだった。
「非礼の段ご容赦くださいませ。
剣聖閣下より、本陣までお連れするよう言いつかっております。
何卒ご同行ください」
サイアスはミカや手綱、鞍の様子を確認しつつ、背後のセラエノに
淡々とそう述べた。
「まー閣下の呼び出しじゃ仕方ないよねー。
というか軍師は一人連れてったはずだけど」
セラエノは鞍が一人用なため座り心地が落ち着かないので、
サイアスをつんつんつついて前に詰めよと指図した。背荷物の
積み具合はミカの疲労や負担に直接大きく影響するため、
サイアスは極力前に詰め、互いに小柄なのが幸いして何とか
二人まとめて乗ることが出来た。
「やー、にしても馬は久々だなー。
普段は皆、乗せてくれないんだよねー。
お前は飛べーとか言っちゃってさ……
無理言うなってーの。疲れるっつーの」
セラエノは久々の乗馬が嬉しいらしく、窮屈ながらも楽しそうだ。
サイアスはミカの様子を見るためまずは歩かせ、問題ないようなので
徐々に馬足を早めていった。
「あ、そうだ……」
ふと思い出したようにセラエノが言った。
「? 何ですか?」
サイアスはミカの様子を気にしつつ問い返した。
「しがみついてる訳だけど……
胸無いな、とか言ったら泣かす」
「存じてますよそんな事……」
サイアスは内容が下らな過ぎたので溜息交じりに流したが、
「何だとぅ! 泣かす!」
むしろセラエノの怒りを買い、首筋に噛みつかれた。
「ぐあ! ミカ、突っ走れ!」
サイアスはミカにそう命じて自身の手袋に鞭を当て、ミカは
その音と主の危機に反応して一気に加速した。
「ひゃぁああ! 危ないな! 落ちたらどうする!」
「飛べばいいでしょ……」
「ばっかもん! 私は馬に乗りたいんだい!」
「舌噛みますよー」
「……」
どのみち本城内で全速を出す訳にもいかないので、
サイアスはセラエノをあやしつけつつ、馬足を落とし気味に
まずは本城北門を目指した。




