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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その二十二

一足早い夕陽の様に赤々と光を放つ魔剣を手に、

ローディスは悠然と北方へ歩みを進めた。

空気を震わす甲高い音で魔剣は高揚して歌い喜び、

ローディスもまた何やら小唄を口ずさみ始めた。

それは魔剣に負けず劣らず奇怪なるざわめきであり

怪音波と呼んで差し支えないシロモノであったが、

当人は至ってご機嫌で魔剣と合唱しているようだった。


剣術は多くの場合、発声を重要な要素として扱う。

発声によって心技体を一つ所に整える、大声によって相手を威嚇し、

戦況を有利に導く等、実に様々な理由と用途で発声を一つの武器と

して鍛えることになる。ローディスの声もまた、そうした剣術特有の

研鑚によって常軌を逸したものになっていた。問題は彼の場合、

歌声までもが剣声になってしまっているため、他者の耳にはけして

歌には聞こえないということだった。殺気交じりの怪音波を旋律に

乗せても、せいぜい破壊力が増すだけだった。


「グッ! 抜刀隊、後退だ! 本隊に合流するぞ!」


抜刀隊は常日頃ローディスの歌声に悩まされている最大の被害者でも

あったため、魔剣と怪鳥の危険なデュエット状態の剣聖閣下から

一刻も早く遠ざかるべく、一糸乱れぬ動きで後退していき、

第二戦隊の陣形はこれをもってほぼ新たな形へと変化を終えた。



今や第二戦隊本隊の陣形は、第四戦隊本隊正面から

やや北東に最後尾を置き、そこから北東へ向かってほぼ一列に伸びる

逆斜線陣を形成していた。


斜線陣とは本来、重装歩兵同士の対陣における陣形及び戦術であり、

重装歩兵の弱点とされる敵陣右翼を狙うべく自陣の左翼を分厚くし、

また自身の右翼を遅れて進ませることで、対する敵の左翼から

防護する意図を持っていた。


ローディスの言う逆斜線陣は、これとは逆に右翼を重視する

右前掛かりの陣形及び戦術ということであり、

今や第四戦隊本陣前にはほぼ兵が居らず、北東半ばに本陣が移り、

そこからさらに北東、丁度泥濘で荒れた不浄の地の東側に

最右翼が布陣していた。文字でいえば丁度「ソ」の字の形状であり、

点にあたる部分にローディスが、ノの上端にマナサが控えていた。

そして両者の前方にはそれぞれ件の魔物と魚人の群れといった

具合であった。



マナサは供回り2騎と共に、最前線で魚人の群れを見据えていた。

数は25体。通常の個体ではなく色付きであり、手に武器を持ち、

何やら策もありそうだと聞いている。ローディス側の未知の敵への対処も

あるため、可及的速やかに討つべきだろう。そう判断したマナサは、

左右の供回りに目配せした。2名は懐から何やら鈴の様なものを取り出し、

構えてマナサに頷いた。


「耳をふさいで10数えなさい……」


マナサは周囲の兵らにそう告げた。

マナサは元々第二戦隊の騎士であったため、いちいち命を問い質したり

遂行を躊躇するものは皆無であり、誰もが我先に指示に従い10を数えた。


供回りが手にした鈴を振るい、

マナサもまた取り出した鈴を鳴らし始めた。

涼やかな三つの音はやがて共鳴して一つの鋭い振動となり、

前方を中心に広がって、対峙する魚人の聴覚を刺激した。

マナサはさらに音叉を取り出して擦り鳴らし、

音にさらなる低く重い振動を与えた。


人より遥かに聴覚の高い魚人たちにとり、

これは阿鼻叫喚の絶叫と悲鳴と地響きと雷鳴とを

一気に耳元から叩き込まれるようなものであり、

早くも5体が地に倒れ、他のものも酩酊状態でフラフラとしていた。


「もういいわ。攻めなさい」


マナサは鈴と音叉をしまい、代わりに細やかな装飾の施された

小さな銀の輪を指にかけ、魚人に向かってスッ、と指差すように放った。


マナサの指差すままに兵士たちが魚人に殺到し

魚人は何とか応じようと兵らに向き直ったが、

前列5体が一斉にエラ口から血飛沫を挙げて地に倒れた。

突如息絶えた味方に驚き動きが止まった後続は

さらに3体が同様に倒れ、恐慌状態のまま兵士たちと戦闘に突入。

何が起こっているのか理解できぬままに、次々と打ち込まれる

刃の前に沈んでいった。


「マナサ様! 魚人の殲滅、完了しました!」


第二戦隊の兵士がマナサに報告した。

魚人の群れは持前の策を何一つ発揮することなく

殲滅されることとなった。マナサは手元に戻ってきた

紫の血の滴る銀の輪を布で拭っているところだった。


「そう。では部隊を少し南に下げなさい。

 その後は東の別部隊とも連携しつつ、輸送部隊を待ちましょう。

 閣下のあれは、邪魔しない方がいいわね……」


マナサの見やる先、西方の泥濘の只中において、ローディスと

件の魔物は互いに身じろぎ一つすることなく、睨みあいを続けていた。

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