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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その二十一

本陣を発ったローディスは、とりわけ急ぐ風もなく、

軍師の指揮下で陣形変更を実行する兵たちを横目にしつつ

第四遮蔽陣を通過した。


城砦騎士は兵を率いるが兵そのものではなく、

いざ戦闘となればこうした形で単騎となって動くことも多い。

何故ならば城砦騎士は単独で一軍に匹敵する戦力を有するからであり、

兵の指揮はあくまで委託されているものに過ぎないからだ。

そのため適当な代役を立てて本隊を任せ、騎士自らは単騎で斬り込む

例も少なくはなかった。また今回の様に敵が複数箇所に分かれている場合、

単騎かつ単独で一方面を担うことも多かった。


徐々に前方から戦闘の喧騒が届き出し、抜刀隊と鑷頭3体が第三遮蔽陣の

構造物を適宜障害物として利しながら戦闘する現場へと辿りついた。

どうやら報告後さらに1体を仕留めたらしかった。


ローディスは白銀と緋色のラメラーをシャラシャラと鳴らしながら、

腰の剣に手をかけた。ただそれだけの動作で不意に周囲の空気が凍り付き、

抜刀隊の面々は後方へ飛び下がり、邪魔にならぬよう背後に控えた。


「閣下! お手数を!」


抜刀隊の面々は恐縮して頭を下げた。


「奥へ抜ける。残りがあれば始末は任せる」


「ハハッ!」


ローディスは自らの前に兵が居なくなったのを確認すると、


「さて、お前も久々の出番だな……」


そう言って、魔剣「ベルゼビュート」を抜き放った。

久々の出番を喜んでか、長きの無音を恨んでか、ベルゼビュートは

剣身から紅蓮の炎の如き輝きを放ち、周囲を斜陽の色彩に染めた。

漆黒の柄と、銀と青の蔦の絡まったような鍔。そして鍔の中心にある

猫の瞳の如く輝く琥珀色の宝石。剣より宝物とでも呼ぶべき

その拵えから伸びる剣身は、むしろ呪物のごとき禍々しい赤光を放ち、

周囲を睥睨し威圧していた。


ローディスはトン、と大地を蹴り、人の肩程の高さに築かれた

遮蔽陣の残滓を、羽衣でも纏うかのようにひらりと舞って跳び越えて、

鑷頭3体のうち1体の眼前に降り立った。そして鑷頭が反応を示す

暇を与えず、無造作に魔剣を一閃した。左から右へ、表刃を水平に。

それはごくありふれた斬撃ではあったが、しかし途轍もなく速く、

重かった。魔剣の一閃は口の先から尾の先端まで寸分違わず真っ二つにし、

分かたれた鑷頭は紅蓮の光に包まれて跡形もなく燃え尽きた。



鑷頭は馬数頭分の体躯を持つ。その全長は当然ながら、

魔剣の刃より遥かに長い。にも関わらず、鑷頭は尾の先端まで完全に

両断されていた。これはローディスの剣撃の射程が剣本来のものを

上回っていることを意味していた。言い換えるならローディスは、

剣術において、いや戦闘において最重要とも言える間合いの問題を

克服していたのだった。


刃の届かぬ相手を斬る。およそ剣術を志す者ならば、誰しも

夢想し妄想し、修行の果てに一笑に付す、そんな夢物語か絵空事かと

言ったことを実際にやってのける、唯一人の者がこのローディスであった。

その神をも畏れぬ技量を指して、人は彼を剣聖と呼び讃えていた。



残る2体の鑷頭には、剣技の冴え具合などさっぱり判りはしなかった

ものの、眼前で紅蓮の光に包まれて消えていった同族の有様から、

相手の力量は否が応でも推し量れようというものだった。


鑷頭らは絶叫しつつその場から逃れようともがいたが、

圧倒的な恐怖を前にして思う様に身体が動かず、それどころか

満足に呼吸をするのも難しくなって、まるで夢の中で追いすがる

何かから逃れようとするときのようなもどかしさでもぞもぞとしていた。


こうした恐怖による委縮は、平原の人間が荒野の魔や眷属に初めて

遭遇した場合に多く発症するものであり、逆にいえば鑷頭らと

ローディスの戦力差はそれほどに大きいということでもあった。


「邪魔だ」


敢えて進路をふさがぬならば配下に任せることも考えていた

ローディスではあったが、こうももたもたしているのでは

消した方が早い。そう考えて、再び魔剣ベルゼビュートを一閃させた。

数歩以上の距離が空いてはいたものの、その一閃は2体をもろともに捉え、

強靭な外皮を誇るはずの鑷頭は何の手ごたえもなく裁断されて、

紅蓮の光の中で消し炭となった。



キィィイイィィイ



突如、耳障りな甲高い音が鳴り出した。

それは、ベルゼビュートの歌声だった。

血の飢えを癒した歓喜の歌を、

戦場の狂気と混沌と激情を喰らう愉悦の歌を

その剣身を震わせながら、魔剣は高らかに歌い上げていた。

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