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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その十七

デレクら騎兵に対する急襲が不首尾に終わるも

特に拘泥することなく、7体の鑷頭らは巨体を左右に

揺すりつつ南方の遮蔽陣を目指して進んだ。


その様は大変に鬼気迫るものではあったが、

先の魚人に対する完勝振りのためか、第二戦隊の兵士たち

は取り立てて臆することもなく、鑷頭をもこの即席の迷路で惑わし

亡きものにしてくれんと、手ぐすね引いて待ち構えていた。

だがこれは、あまりにも致命的な過失であった。


「いかんな。前線の兵を後退させろ。三列目まで退かせ、

 魚人の屍に油を撒いておけ」


ローディスは眼下の布陣と迫りくる鑷頭を見やりつつ副官らに

声を掛け、副官らは伝令として前線に駆けた。かろうじて二列目の

遮蔽陣に潜伏していた兵たちには伝令が間に合ったが、最前列の

兵たちに伝令が届くことはなかった。伝令が到達する前に、

残らず死に絶えていたのだった。


人と同程度の大きさと質量をもつ魚人なら知らず、

馬数頭分ほどの巨体を持つ鑷頭にしてみれば、大盾や杭、柵で出来た

急場しのぎの遮蔽陣など容易に粉砕できる代物でしかなかったのだ。

7体の鑷頭らは真一文字に並んで遮蔽陣に迫ると、身を低くして

一気に加速。体当たりによって遮蔽陣を粉砕してのけた。

周囲には砕けた盾や木片が散乱し、圧殺された兵たちの血が滲んでいた。

かろうじて生き残った兵士たちは、南方からの支援を受けて撤退を

試みたものの負傷のために満足に動けず、大半はその場で

鑷頭に食いちぎられ、実際に脱出に成功したのはわずか数名だった。


「遮蔽陣三列目にある魚人の屍まで、鑷頭どもを素通りさせろ。

 鑷頭が屍に群がり次第、火矢を放ち屍を燃やせ。

 雨のせいで大して燃えまいが、それでも意表を突くくらいは

 できるだろう。そこを抜刀隊で急襲し殲滅せよ」


「御意!」


副官らは再び伝令を伝えに走り、ローディスの周囲に陣取っていた

抜刀隊は無言で速やかに行動を開始した。


「鑷頭はこれで良いとして……」


ローディスはそう言って遮蔽陣の遥か北方、遠目にも巨体と判る

謎の存在を見やっていた。



「俺は本隊に合流する。お前たちはサイアス小隊に行け。

 ベリルが薬品を用意しているはずだ。毒の見立ては

 マナサ殿が確実だが、ここからでは少々遠いのでな」


羽と触手を持つ巨大な未知の存在から十二分に距離を取ったところで、

もはや呼吸もままならなくなりつつある兵士を見やり、デレクが言った。


「判った。こっちはそのまま台車借りて城砦まで戻るわ」


「おぅ、じゃあまた後でな」


デレクはそれだけ言うと西に広がる布陣へと向かい、

騎兵2名はさらに南東のサイアス小隊を目指した。



「ん? 誰か来る。負傷してるみてぇだな」


迫りくる兵士をラーズが目ざとく見つけ、そう告げた。


「ベリル、湯と布の準備。台車の武器は一旦おろし、

 治療に使えるようにしよう」


サイアスはベリルらにそう告げ、ベリルとランド、シェドは

てきぱきと準備を開始した。ほどなく台車の荷台には清潔な白布が敷かれ、

簡易の寝台に様変わりし、そこに逃れてきた騎兵らが到着した。


「おぉ! 話が早くて助かるぜ! すまんが解毒を頼む!」


兵士は息も絶え絶えな同僚をランドとともに慎重に降ろし、

寝台と化した台車に横たえた。


「毒っすか? 何にやられたんっすか?」


「見たこともない相手だ。触手から飛んできた針でこの有様さ。

 神経毒には違いないんだがな……」


兵士は横たえた兵の胸甲や肩当を剥ぎ取りながらそう言った。


「その…… 解毒薬には何種類かあって、どれが良いのか……」


ベリルは今にも泣きそうな声でそう言った。


「とてもまわりの早い神経毒のようね。

 海の生き物にこうした毒を持つものがいるわ」


どこからともなくニティヤの声が響き、ややあって


「錆色亀の甲羅のペーストと馬の血の上澄み、そして蒸留水を

 1:2:1で混ぜて首筋と心臓に直接注射しなさい。

 そうすれば助かるわ……」


「は、はいっ!」


ベリルは言われるままに調合して即席の血清を完成させ、

注射器を構えた。上半身の露わとなった兵士の身体には無数の赤い

斑点が浮き出ており、右半身のみならず全身がビクビクと揺れ動いていた。

ベリルはその様に思わず怯んでしまったが、


「ベリル。君が救うんだ。これは君にしかできないことだ」


とのサイアスの言葉に覚悟を決め、つぶらな瞳をしっかと見開き、

焦らず正確に頸動脈と心臓に針を突き立て血清を注射した。

兵士はなおもビクビクとはねていたが、徐々にその動きが小さくなり、

やがて苦悶の呻きは寝息に変わった。ベリルは息を殺してその様を

凝視していたが、やがて緊張の糸が切れたのかへたりこんでしまった。


「おぉ! おぉっ! 助かったぜ、ありがとうな!」


兵士はしきりに興奮してそう叫び、

ベリルはどこか誇らしげな笑顔で、頷く仲間たちを見やっていた。

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