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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その十六

その後二度の釣りを成功させたデレクらは、

遮蔽陣の中央付近で馬足を落とし、旋回しつつ時間を確認した。

玻璃の珠時計は午後二時半を指しており、そろそろ

輸送部隊の到着に備えるべき段に差し掛かりつつあった。


「馬の調子はどうだ?」


「そろそろ厳しいな……

 足に疲れが溜まりつつある」


「ふむ、んじゃ次最後にするかー。

 臭いもキツくなってきたしな」


デレクはそう言って眼下前方に散乱する魚人の屍を

見やっていた。二度目は25体、三度目は20体。

一体残らず仕留められたために情報を共有することができず、

魚人は次々と罠にかかり、斬殺された屍は徐々に屍臭を放ち出していた。


水辺の眷属の中には、好んで屍を喰らうものも居る。

そういうものは大抵大きく、相応の膂力と体力を持っていた。

いざ出没すると難敵となるそれらの代表格は大ヒルや鑷頭だが、

デレクはそれらに対しわずかな懸念を抱いていた。

河川からの距離を考えればただちに脅威となることは無いと

踏んではいたものの、元々常にどこか冷めた性格のため、

ここまでの作戦の成功振りに酔いきれないでいたのだった。



「んでは閣下、次で最後にしますねー」


デレクはローディスの下まで退き返し、そう告げて再び釣りに出向いた。

デレクら8名の騎兵が進むのを第二戦隊の兵士たちは笑顔で励まし

声を掛け、最後の一戦に向け備えていた。デレクはそうした様子にも

どこか危うさを感じだしていた。


デレクら騎兵隊は河川から40歩という位置にまで迫り、

例によってパッサージュやトロット、ピルーエットといった

馬術を駆使しつつ巧みに距離を誤魔化していた。

と、その時、愛馬の首にぽたりと滴が垂れるのを見てとり、

次いで自身の首筋をぬめりのある手で撫でられたような

錯覚を覚え、デレクは


「散開して撤退! 本陣を避け左右に回り込んで逃げろ!」


と大声を上げ、自身は右方、南西に向かって猛突進を開始した。

徐々に雨の降り始める中、深みを増した鈍色の淀みが不意に盛り上がり、

河川は二つの悪夢を吐き出した。


一つ目は爆発するような水音と共に弾けて飛んできた、

鑷頭7体の群れだった。鑷頭たちは低く姿勢を保ったまま

猛然とデレクら騎兵に追いすがり、大口を開けて馬の下半身を

食いちぎろうとした。ピョンピョンと飛び跳ねるような歩法で

移動していたため、すんでのところで回避に成功した8名の騎兵は、

即座に駈歩に移行して東西に分かれ、鑷頭同様身を低くして

全力疾走を開始した。


二つ目の悪夢は、その場の誰にとっても馴染みのない存在だった。

大ヒルのごとくウネウネと蠢く人の胴程もある無数の触手を振り上げ、

縦に亀裂の入った焦点の合わぬ虚ろな目でギョロリと周囲を睥睨しつつ

徐々に全貌を露わにしたその存在は、触手の後方上部にある巨大な胴

または頭部の脇に生えたエラとも羽とも付かぬ器官を振動させ、

ヌラヌラと光る水を滴らせながら宙を舞い、

西に逃げたデレクら3騎に襲いかかった。


既に十二分に加速していたデレクたちはかろうじて下敷きとなるのを

免れて、謎の存在は優に馬車2台分はあろうかという巨体を

ぐちゃりと大地へ沈ませた。陸上への適正は高くないようで、

少なくとも現状は自重を十分に支えることが出来てはいないようだった。

その存在はやや緩慢な動きを見せつつも、数本の触手を

逃げる騎兵ら目掛けて敏速に振るった。


触手は配下2名目掛けて千切れんばかりに伸び、

さらにブブッと何かを飛ばした。デレクは馬足を落として

2騎の側面から後方へと下り、大漁旗を振りかざして飛来物を止めた。

旗には細かい毛のような針が数本刺さっていた。


「クッ、腕が……」


2騎のうち1騎の右手には、旗で凌ぎ切れなかった針が突き立っていた。

見る間に兵士の腕は有らぬ方向にひんまがり、ブルブルと痙攣して手綱を

取り落とした。すんでのところで落馬しそうになるのをもう一名が

押さえつけ、速度を殺さず併走しつつ、追い縋る敵に旗を投げつけた

デレクが腕の付け根を縛りあげた。針の刺さった兵士は既に

顔の顔の右半分を引き攣らせ呂律が回らなくなっていたが、神経毒が

脳や心臓を侵しきるまでに、今しばしの猶予ができたようだった。


3騎に追いすがっていた巨大な存在は、

投げつけられた旗を触手で掴むと、しばし興味深げに観察していた。

そして既に随分と遠ざかったデレクらを放棄し、向きを南東へと変えて

身を起こし、旗を掴んだまま羽を羽ばたかせ前方を見やっていた。

前方ではもう一つの悪夢、鑷頭7体による殺戮劇が繰り広げられていた。

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