サイアスの千日物語 三十七日目 その十四
デレクら8名の騎兵は歩幅の大きい駈歩で馬を進ませ、
河川まで40歩前後という位置にまで迫った。
デレクは部下に軽く手を上げ、そこから8名は馬足を落とし、
馬たちはピンと足を延ばしてトットッと跳ねるようにして前後左右に
ぶれながら少しずつ移動した。パッサージュと呼ばれる馬術の技法であり、
またその場で足踏みするピアッフェなども併用することによって、
デレクは聴覚を頼りに敵を探る河川の眷属に対し距離感の錯覚を
起こさせようとしたのだった。
「よし、お前ら何かしゃべれ。明るく楽しく朗らかになー」
デレクは配下の兵士たちに声を掛けた。
「つってもなぁ。何しゃべるんだよ。せめてお題振れよ」
兵士の一人がデレクに問うた。
「んー? 将来の夢、とか?」
それを聞いて兵士が噴き出した。
「はぁ? ばっかお前、明日の命も判らんのに将来とかないわー」
「んだな、せいぜい晩飯の献立が気になるくらいだぜ」
「その割りには休暇がどーのアウクシリウムがどーの」
「んまぁな、そら休みの事くらいは考えるって」
「んじゃそーいうの話せよ」
デレクらは巧みな馬術で距離をごまかしながら馬蹄を響かせ、
結果として河川から20歩付近をチョロチョロと動いて駄弁っていた。
河川は鈍色の空を映してどんより濁る様に淀んでいたが、
時折水泡が上がるのをデレクは見て取った。
「んーそうだな、ここだけの話……
俺ぁ次の休暇が取れたらば、アウクシリウムで
踊り子ちゃんに結婚を申し込もうかと……」
「ほぅ? 踊り子ちゃんて、どの子ちゃんよ」
「そらもう、セシリアちゃんに決まってんだろ」
「はぁ? セシリアちゃんは俺と婚約中だぜ」
「バッカお前ら、俺もう指輪渡したっての」
「何いってんの? 今度俺の親に会うってドレス代渡したんだが!」
「なるほど、セシリアちゃんが儲かってるのはよく判ったわー」
野郎の兵士が群れて駄弁れば大抵こういう話になる、そんな感じの
会話をダラダラと垂れ流しつつ、兵たちはゲラゲラと大声で笑い、
しかし手に手に短剣や手斧を準備していた。
「まぁセシリアちゃんの本命もだが、今日の晩飯も気になるなー」
デレクはそう言いつつパッサージュのまま旋回し、広げた右手のひらを
三度突き出した。兵士たちは小さく頷きを返し、本命は俺だ、
いや俺だ、と与太話を続けた。
「副長戻るんなら宴会確定だな。
今期は花があっていい感じじゃねぇか」
「花、なぁ…… どいつもこいつも猛毒持ちだぜ」
「しかも一番可憐なのがサイアスという始末」
「んじゃサイアスの酌で呑むか?」
「ばっかお前、ニティヤってのにぶっ殺されるぞ……」
「あぁ、あのグウィディオンをこま肉にしたお姫様か……
『皆殺しのマナサ』様といい、猟奇的すぎんよ」
水面にぶくぶくと気泡が目立ち、
くすんだ曇り空以上にくすんだ鈍色の陰がよぎる。
「まぁサイアスの嫁らしいから、そっとしとけば無害だろ」
「ロイエもダメだな、あいつはあとでドえらい請求書寄越しそうだ」
鈍色の影は一つ二つと数を増し、今や10を超す勢いとなった。
「はぁ、ロクな女いねぇ……」
「ま、つまりセシリアちゃん大正義ってことだろ」
「またそこに戻るのか、よっと!」
兵士はそういうと馬ごと真横に飛んだ。
先ほどまで佇んでいたその場所には、
手槍が突き立ちぬらりと川の水を垂らしていた。
ヒュンヒュンと続けて飛来する石や手槍を巧みにかわし、
デレクらが見やる前方の河川、その縁から、魚人の群れが
ズルリズルリと這い出しつつあった。
「へぇ。きっちり15体か。なかなか小洒落た用兵だなぁ!」
「うむ、絶妙にこっちを上回る戦力配分が実にいやらしい」
「いやらしいのか…… セクシー系?」
「まぁ、モロ出しではあるな……」
兵士たちは相変わらず与太話を続けつつ、手にした短剣や手斧を投げた。
それらはいずれも急所を狙ったものではなく、中には頭部に突き立つものも
あったが大抵は弾かれ、魚人たちはブクブクと泡を吹いて
身体を揺すっていた。どうやら嘲笑しているらしい。
「まぁ初回としてはこんなもんかねー?
んじゃゆるりと退いとくかー」
相変わらず欠片の緊張もない様子で、
デレクはゆるやかに南へと馬首を返した。
「へいへい、んじゃお魚さんたち、ちゃんとついてこいよー」
「ホホホ、捕まえてごらん」
兵士たちはなおもノリノリで挑発しつつ、鼻歌交じりに旗を振る
デレクを追って南進を開始し、魚人たちは獲物を逃してはなるまいと
前掛かりになって後を追い始めた。




