サイアスの千日物語 三十七日目 その十三
サイアス小隊は西へと進発した哨戒部隊の分隊に続き、
城砦北辺に沿って陣形を維持したまま進んだ。
北方には視認し得る範囲で100名近い兵士が布陣しており、
サイアスたちはそれら兵士たちの後方を歩く速さで西進していた。
「うぉー、なんか緊張してきた……
この風、この肌触りこそ戦争よ!」
シェドがそう言って武者震いをした。
「何言ってんのよ。あんた初陣でしょうが……
それにしても、規模は小さいけど殺気がヤバいわね。
特に北のど真ん中。絶対近寄りたくないわ……」
ロイエが見やるその先にはマナサの小隊があり、
さらにその先には数十名の兵集団。その中には緋色の
ラメラーを身に纏った剣聖ローディスの姿もあった。
「閣下自らが出られているのか」
サイアスは北方を見やってそう呟き、すぐに前方へ向き直った。
やがて城砦北辺の西端が見え、哨戒部隊は一旦停止して周囲を警戒。
サイアスらは少し離れた位置で同様に待機し、サイアスは
自身の地図で現状の布陣を再確認した。
城砦北門は左右に数名ずつ警護の兵士を配して開門状態を維持しており、
北門正面およそ50歩から70歩といった位置に、マナサ率いる
第四戦隊の本隊が待機していた。主装備に両手武器を
携行している者が大半であったが、今はそれらを地に突き立て、
弓の準備をしているようだった。
第四戦隊本隊のさらに北方、城砦北門からみて100歩程の位置では
100名程の兵士が第二戦隊強襲部隊の本隊を形成していた。
この部隊はやや東西に長い楕円状に布陣しており、中央には一際分厚い
50名程の一塊があった。そこには剣聖ローディスと供回りがおり、
随所に伝令を飛ばしつつ河川を見据えて剣気を高めていた。
本隊の東側には河川と湿原の狭間辺りにさらに50名の分隊が
北東に向かって斜めに二つ配置され、最東端の部隊は小隊を切り離し、
しきりに北往路の隘路方面へと偵察を繰り返していた。
第二戦隊強襲部隊本隊のさらに前方、小さく見える塊は、デレク率いる
8名の騎兵であった。デレクらのいる辺りからは河川へ向かう
緩やかな下り坂となっており、そこからさらに北方、150歩から
200歩と言った位置に、深く淀んだ大河がその身を横たえていた。
暫く眺めているとデレクらはサイアスの視界から消え、
後方の部隊が前進を開始した。全体としてはおよそ50歩程北進し、
最後尾が下り坂に差し掛かった辺りで停止した。その後強襲部隊は
陣形を変じ、散開して各所で戦闘準備を開始した。
「遠くを見る筒が欲しい」
「遠眼鏡? 確かに要るわね。
三つくらい注文しとくか……」
サイアスの呟きにロイエが答えた。
「てかさ。全然素人には見えないわ!
あんた馬と馴染み過ぎ。どうなってんの?」
ロイエはそう言ってしばしサイアスを、
ミカを見やっていたが、
「あー…… 牝馬か。何か凄い納得した……」
そう言って肩を竦めた。
「ぐぎぎ、補正か! 馬にさえイケメン補正だと言うのか……ッ!!」
シェドは人馬を見やってギリギリと歯ぎしりをして悶え、
サイアスとミカは主従揃ってツンと澄まし、まるで相手にしなかった。
一向はその様子を見て思わず苦笑を漏らしていた。
河川に向かって距離を詰め、川べりからおよそ150歩程の
緩やかな下り坂に布陣したローディスと供回りは、
前方を見据えつつデレクらと会話していた。
「んでは閣下。ちろっとお散歩行ってきまーす」
デレクはいつもの間延びした調子でそう告げた。
「デレクよ、これを持っていくが良い。縁起物だ」
ローディスはそう言ってデレクに何かを放り投げ、
デレクは器用に掴んでそれを広げた。
「旗、ですか。東方文字かな、これは……」
デレクの手には手槍程の長さの棒の先に横長の長方形の布地がたなびく
旗が握られており、青々とした荒波と目出度い紅白の旭日が描かれた
旗の両面にはそれぞれ、「大漁」「豊漁」の二文字が
でかでかと金色に輝いていた。
「これ、絶対俺の安全とか願ってませんよね」
「ククク。そんなもの願ってどうする。
安全なぞ実力で確保しろ」
ローディスはニヤリと笑ってそう言った。
「っはは。そりゃごもっとも。んじゃいきまー」
デレクは貰った旗をパタパタと振りつつ、
配下を引き連れ進発した。




