サイアスの千日物語 三十七日目 その十二
厩舎を出てすぐ、サイアスはマナサとクシャーナ、
及びマナサの供回り2名と合流し、緩やかに歩を進めつつ
馬術に関する基礎的な知識を仕入れていた。
とにかくミカが乗り気であったためか、すぐに移動に
不安はなくなり、城門をくぐる頃には駈足にも慣れていた。
「ミカは人懐っこい上にとびきり面食いだから、
喜んで貴方の指示に従う、とクシャーナが言っているわ」
マナサがそう言ってコロコロと笑った。
「そうなの? まぁとにかくよろしく、ミカ」
サイアスは楽しげに笑いつつミカの鬣を撫でた。
「マナサ様は馬の言葉が判るんですよね。
話し掛けるだけで操ったりはできますか?」
「あら、私は馬の言葉は知らないわよ?」
マナサは楽しげにそう言った。
「判るのはクシャーナのことだけ。
他の馬は知らないわ」
「ふむ……」
「どうかしたのかしら?」
「いえ、言葉が通じれば楽なのになぁ、と」
マナサはサイアスの言葉に目を細めていった。
「言葉は想いに着せた衣の一つに過ぎないわ。
大事なのは相手に想いを伝えたいと願うこと。
そして相手が想いに触れたいと願うこと。
互いの願いが重なれば、言葉なんて些細なことよ。
そうでしょう? 誓いの歌姫さん?」
「……そっか。じゃあ歌えばいいのか……」
サイアスは何かがストンと心に落ちた様子で頷いていた。
マナサと供回りはそんなサイアスを優しげに見つめていた。
「あの…… 魔や眷属にも、歌で想いが伝わると思いますか?」
サイアスは真剣そのものといった表情でマナサに問うた。
「今は難しいわね…… 怨嗟や悲憤が強すぎて、
歌声がかき消されてしまうから。でもいつか……」
「いつかそういう日が来たら素敵ね。
きっと貴方次第よ。期待してるわ」
マナサは慈母の如くに微笑んだ。
「そうそう、遠からず貴方にも、専用の馬が与えられるわよ。
カエリアの騎士は馬がないと恰好が付かないもの。
じゃ、また後でね、サイアス」
マナサはそう言うと、供回りとともに待機している兵士の下へ向かった。
サイアスはそれを見送ると自身の小隊の下へ進んだ。
城門を出たサイアスは単騎となって馬足を速め、
自身の小隊と合流した。サイアスは低い声でミカを留め、
手早く布陣について説明した。
「前衛デネブ、右翼ロイエ、後方にラーズ。左翼は空白のままでいい。
ランドとシェドはラーズの左側を台車を押しつつ進む。
万が一戦闘状態となった場合、ラーズはランド、シェドと共に
暫時待機し、その後距離を取って観測。ラーズの弓を中心に
支援にまわってくれ。こちらは敵に正対しつつ戦闘に備える。
ベリルは終始台車に乗ったままでいい。戦端が開いたら、
湯や薬品の準備を頼む」
「了解!」
ロイエが即答し、デネブも頷いて持ち場へ向かった。
「あいよ。こっちは俺が面倒みる感じかね」
「それで宜しく。兵器が手に入り運用に慣れるまでは、
この布陣を中心にしよう」
ラーズの問いにサイアスが応えた。
「なぁサイアス、なんで左翼開けとくんだ?」
シェドはサイアスにそう問うた。
「勿論誘いこむためさ。左方を手薄と見て突破してくれば……」
「私が小分けにしてあげるわ」
どこからともなく楽しげなニティヤの声が響いた。
打ち合わせを済ませたサイアスは陣形を保ったまま
緩やかに西進し、第二戦隊の哨戒部隊と合流した。
サイアスはミカを駆って唯一騎乗している人物の下へと
向かい、馬上で敬礼して挨拶をした。
「第四戦隊のサイアス・ラインドルフです。
我が小隊は貴隊の後方支援を担当いたします。
どうぞ宜しくお願いします」
「ほぅ、お主がサイアスか。娘が世話になったようだ。
礼を言っておく。我が名はアクタイオン。第二戦隊の騎士
アクタイオンである。50名を率い、この時間帯の哨戒に当たる。
我が隊は往路警護に出張っている部隊と異なり、当城砦における
通常任務としての哨戒を担当している。具体的には50名を
二手に分け、それぞれ西と東から城砦を周回し警備にあたるのだ。
今回は輸送部隊支援のため特に北方の警備を重視せねばならん。
貴隊には我らが周回する際一時的に手薄となる、北西方面の警戒を
担当して貰いたい。また貴殿は騎乗の身ゆえ、場合によっては
他隊への連絡を引き受けて頂くことになるやも知れんが、宜しいか」
城砦騎士アクタイオンはそう言ってサイアスを見やった。
白銀色の板金鎧に白髪、白髭と、白尽くしの初老の騎士だった。
武器は背中に背負った白銀色の両手剣で、馬まで白銀色であった。
「了解しました。では城壁北西からやや北進した位置で
待機し、周辺の警戒にあたります」
サイアスはそう言って敬礼し、馬首を返して自隊へと戻った。




