サイアスの千日物語 断章 古城にて3
夕日に染まる湖に孤影を晒す古びた城館。
その一室の窓際で、二つの茶を喫する人影があった。
「さすがにここのお茶は美味しいわね。
もちろん料理も素晴らしいけれど」
「霊峰の雪解けが谷間に沈み、再び湧き出たのが
この湖です。茶には丁度いいでしょう」
「そういえば茶葉を持ってきていたのよ。試してみる?」
「それはそれは。是非とも頂戴しましょう」
「すぐにご用意いたします」
使用人らしき影は恭しく包みを受け取り、一礼して退室した。
「……常にあの調子だと良いのだがなぁ」
貴人は嘆息した。
「貴方に言われたくはないでしょう」
メディナが的確に指摘した。
「仰せの通りで御座います」
使用人はわざわざ戻ってきてそう述べ、また退室した。
「お待たせいたしました」
典雅な動きで二人に茶を仕立て、一歩下がって一礼した。
主がまともな状態のときは、まともに給仕するらしかった。
「ほう、花の香りに琥珀の色味、器の縁には金の輪が」
「南東の小島で採れる葉よ。ミルクを入れると風味が増すとか」
「ほうほう。酒呑みにはこのままでも十分に美味かと……
っと、戦闘が終わったようですよ」
貴人は水塊と化した水晶球の光から、何かを読み取ったようだった。
「無事なのかしら?」
「無論です。 ……というか眷属を一体仕留めていますな。
この眷属『できそこない』は戦力指数が3程度ですので、
戦況を加味しても同程度はありそうですなぁ」
「できそこないって、酷い名前ね。そういえば戦力指数って何なの?」
「人と魔の戦力差を観測するために設けられた指数です。
実戦経験のある城砦兵士を1として計算します。
補充したての新兵は基本的に有象無象ですが、城砦兵士は
人外とやりあえる分、諸国の兵士より格上となります」
「そうなのね。じゃあ当面は安泰ってとこかしら」
「気質と上官次第かと」
「気質の方は大丈夫だわ。イラっとくるくらい人間出来てるから」
「おぉ、メディナ殿をイラつかせる者がこの世にいるとは……」
「鏡でも見たら?」
「まぁそれはそれとして。そろそろ能力値の説明でもしますか。
能力値は主に戦闘に関する資質を数値化して表したものです。
人の場合、各数値は概ね0から18の範囲に納まり、平均値は9です。
時折18を超える者もおりますが、それでも20を上回る例は
かなり稀かと。20以上はまぁ、我々の領域ということで」
「能力値は二系統に大別されます。身的能力と心的能力です。
どちらも5種類あり、計10種の能力で評価します。
身的能力とはすなわち膂力・体力・体格・器用・敏捷であり、
心的能力とはすなわち知力・精神・魔力・魅力・幸運です」
「ふむふむ、大体読んで字のごとくな内容なのかしら?」
「そうですね…… 注意すべきは心的能力の後半でしょうか。
魔力は魔との親和性を指します。どれだけ魔に近しいか
ということで、高いと魔術の適正を得たり容姿に変化がでたりします。
この数値のみ、人の基本値は0です。」
「次に魅力ですが、これは主に内面的な要素を指します。
すなわち性格や気品といったものです。外見への評価は時代や文化で
いかようにも変わりますし、年齢によっても変化しますからね」
「だから少女や幼女にこだわるのね」
「……コホン。最後に幸運ですが、稀な事象を引き当てる
能力を指しています。自他にとり、良いか悪いかは問いません。
数値が高いほど極端な事象に遭遇しやすくなるのです」
「あぁ、だから私に出遭ったのね」
「確かに。良いか悪いかはともかくとして」
「……」
「さて、具体的な数値にいきますか! まずは身的能力から。
ふむ、膂力12体力12体格07器用11敏捷11、か。
成長期であることを考慮すれば、良好な数値と言えますな。
城砦で鍛え上げればかなりの域まで届くでしょう。
体格は変動しにくい数値ですが、ここらはまさにメディナ殿の
好みを反映している感じがしますなぁ」
「はいはい、次次」
「では次は心的能力です。
知力11精神17魔力02魅力09幸運15…… 何これ」
貴人は肩をすくめた。
「17歳の数値ではありませんな。ぶっ飛び過ぎ。
精神は限界突破確実でしょう。下手しなくても20を超えますな……」
「あー、凄く納得したわ。そういう子なのよ」
メディナはサイアスの身の上や人となりについて説明した。
「成程、若くして意を固めたか。これはひょっとすると、
ひょっとするかも知れませんな。幸運も限界突破しそうですし」
「魔力が2もあるのね。何故かしら」
「眷属との遭遇で1。もう1については鏡などご覧ください」
「何のことかしら。私にはさっぱり」
「魅力は思ったほど高くはないですな。低くもないですが」
「人見知りの激しい子なのよね」
「成程。田舎の村の子では致し方無し。今後に期待ですな」
「さて次は技能値についてですが、こちらはさすがにまだ寂しい
感じがしますね。一応判定に足る分のみ列挙しておきましょう。
剣術1回避5、か…… って回避高いな! 伯父御殿にでも
仕込まれたかな。ちなみに技能値はほぼ0から10の範囲です。
極々稀に11もいますが、一時代に一人いるかいないかの境地ですね」
「総括すると、かなりの逸材と言えるでしょう。
私も彼の行く末には多少の興味が湧きました。
傾向としては、兵士より騎士、騎士よりは聖騎士向きですね。
宗教国家や神殿騎士団が軍を率いて攫いに来る程度と言えましょう」
「なるほどねー。とても参考になったわ。
御代は触媒ひと山程で宜しいかしら」
「メディナ殿のお気の済むように」
「わかったわ。また近いうちに視てもらうから、その時にでも」
それだけ告げるとメディナはテラスへ歩みだし、
数歩進んだところで湖面の霧のように消え去った。
「さて、疲れたな。寝るとしよう」
貴人は肩をすくめて首をまわし、寝台に転がり、
そのまま染みこむように姿を消した。
「おやすみなさいませご主人様」
使用人はそう告げると、闇に溶け込み消え失せた。
湖上に浮かぶ古城には、再び静寂が訪れた。
断章はこれにて終了し、次回から本編へと戻ります。




