サイアスの千日物語 三十七日目 その八
午前の講義の終了後、営舎一階に降りる大階段の踊り場で
降りゆく兵らにしきりに会話や握手を求められつつ、
サイアスたちはラーズとベリルを待っていた。
「凄い人気ねー。後援会作ったら儲かるかも……」
ロイエはそう言ってマジマジとサイアスを見やっていた。
「軍楽隊、ほんとなら楽しみだねぇ。
僕も太鼓とかでお願いしようかな」
ランドはそう言って笑っていた。
「よぅ大将、相変わらず伝説してんな」
そこにニヤニヤとご機嫌のラーズとベリルが合流し、
一同は揃って第四戦隊営舎へと引き揚げることになった。
時刻は12時を少しまわった所だった。
「なぁラーズ。
ブーク閣下がお前も楽器やれるはずって言ってたぜ。
弓撃ちは弦楽器がどーとか。そうなん?」
シェドはラーズにそう問いかけた。
「ん? あぁ、まぁ解るな…… 代償行為ってヤツだろ。
とにかく弦さわってねぇと落ち着かなくなるんだよな。
つっても四六時中弓引く訳にゃいかねぇから、
代わりに楽器てことじゃないかね」
「ほー…… んじゃお前もリュートとか弾けんの?」
「んにゃ、俺ぁ胡弓だな……
つっても知らんだろ?」
「擦弦楽器のことかい? 名前だけなら聞いたことあるよ」
ラーズの言にサイアスが応じた。
「ほほぅ、さすがは歌姫だな。東方諸国をうろついてる時に
見つけたヤツなんだがな、箱つきの弓を弓で弾く
そりゃあ弓尽くしなシロモンだ。音色も泣けるんだぜ」
「似た構造の楽器は家にあったよ。ヴァイオリンと呼ばれてた。
胡弓はここへは持ってこなかったのかい?」
「壊すともったいねぇんでな。
アウクシリウムで踊り子のネェちゃんにやった」
「サラっとトンでもないこと言いおったぞコイツ……」
シェドはどこか恨めしげな口調でそう言った。
ロイエはそれを無視してラーズに尋ねた。
「そういやあんた、弓も持たずにきたんだっけ?」
「いやいや、持ってはきてたぜ、使い切っただけで。
俺ぁ来るときゃ機動大隊に雇われてたんでな。
弓てのは剣やら以上に消耗激しいんだ。考えても見ろよ。
棒切れ無理やりひん曲げてんだぜ?
そりゃぁ折れもするしブチ切れもするって」
ラーズはそう言って笑った。
「今使ってるのはどうだい。まだもつのか?」
「あぁ、ありゃ良い弓だな。もう一、二戦は平気だぜ。
まぁどうせ使い捨てだ。俺ぁ特注の弓とか要らねぇから、
適当にあるもんよこしてくんな。むしろ矢だな……
四戦隊にゃ矢が少ねぇ。鏨矢はデレクの旦那も持ってなかったしなぁ」
「あとで書類をまわすから、
必要な矢の種類と本数、書き出してくれ」
「あーそういうのは私がやっとくわよ。経費で落とすし」
「おぅ、早速頼もしいな。宜しく頼むわ。
手持ちの変わり矢は鏨5油2だ。まぁ今日の出番には足りるだろ」
「了解した。ロイエ宜しく。
ランドとシェドは、今日のところはジャベリンで良いだろう。
一応デレク様に伺いは立ててみるけれど、
武器決めする時間があるかは微妙なところだね」
「お、おぅ…… 初日に投げてる分馴染みはあるわな……」
シェドはやや狼狽しつつそう言った。
「まぁ取り敢えずは食事だよね。先に厨房で注文してくるよ」
ランドはそう言ってシェドを伴い、間近に迫る営舎に小走りで入った。
「おース。2時に出るぞー。のんびり飯ってらー」
デレクは新しい防具の手入れをしつつ、
間延びした口調でそう言った。
「防具、変えたんですね。前より硬そう」
「あーこれ? 強度は同じだよ。値段はこっちが安いけどなー。
同じ強度なら金属より革の方が技術的に難しいから」
デレクはそう言って板金と鎖や皮を組み合わせた腰までの鎧を弾いた。
かつて着ていた特注のブリガンダインは湿原に放置したままらしい。
「ちなみに荒野でもっとも強度のある汎用材は眷属連中の外皮だ。
鑷頭の皮なんて飛び切りだなー。魚人の天然スケイルも悪くない。
大ヒルの皮も使えるなら良いが、ヌメヌメしてて色々大変そうだわ」
デレクはそう言って苦笑していた。
サイアスはデレクらに敬礼して詰め所を抜け居室へと向かった。
午後一時過ぎ。食事を終えたサイアスらは
各自準備を整え詰め所へと向かった。
サイアス、ロイエ、ランドの三名はコートオブプレートに
サレット。小手や脛当てはなく手袋とブーツのみで、
それぞれホプロンを背中に掛けていた。
デネブはいつもの甲冑姿であり、シェドは煮詰めた皮鎧を。
ラーズとベリルはガンビスンのみであり、ベリルは
左腕に緑の徽章を着けていた。
武器についてはサイアスが打ち直しの済んだ八束の剣と繚星。
騎乗するため武器は少なく、繚星を左腰に帯び、八束の剣は
ホプロン同様背中に掛けた。ロイエは戦場剣を背中に掛け、
右手には両手斧、左手には松明。腰には短剣と皮袋を吊るしていた。
デネブはメナンキュラスとギェナー、さらに腰に短剣を装備した。
ランドは恵まれた体格を活かし、隊に必要な装備を積んだ
台車を押すべく、一切武器は持たなかった。台車には武装として
ジャベリンを5本と大身の槍1本、予備の弓と箙を一つずつ。
あとは治療用の薬品や布、松明や油、湯などを積んでいた。
シェドはランドの補助をすべく、腰に剣を佩いた以外は武器を帯びず、
ラーズは弓と短剣、ベリルは短剣のみで、地図や応急処置に関する
製本された資料を手にしていた。
「サイアス小隊、参りました。ニティヤも同行しています」
サイアスは6名を従えデレクに敬礼した。
「うむ。軍議まで少し時間がある。そっちの二人の武器でも選ぶか」
デレクはそう言ってサイアスらを席に着かせた。




