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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目 その五

「さて、続いて確認するのは北方の河川を主領域とする眷属です。

 分布図の上部、及び冊子の2ページをご覧ください」


静まり返った室内にルジヌの声が響き、

ついで一斉に紙をめくる音が鳴った。


「平原からの物資及び人員輸送部隊は、現状一つの例外なく

 南北いずれかの往路を通って辿り着くことになります。

 北方の河川沿いの往路は道幅が安定し障害物も少ないため、

 南往路より好んで用いられています。とはいえ、より安全かというと

 必ずしもそうではなく、荒野の北方を東から西へと流れる河川は

 幅が広く、西に至る程水深が増し、より多くの危険な眷属が

 潜伏するところとなっています」



「河川を領域とする眷属には、共通する特徴がいくつかあります。


 一点目は防御力が高いこと。我々自身が経験則で理解する様に、

 水中で行動する際、常に水による圧迫を受けることになります。

 河川であれば水流による圧迫もまた有るでしょう。

 我々はこうしたものを水圧と呼んでいますが、水中に潜む眷属たちは

 この水圧に耐え得るよう、非常に頑丈かつ機能的な外皮で

 その身を覆っています。地上においてもなおこの外皮は脅威であり、

 並みの攻撃では文字通り刃が立たず、弾かれることとなります。

 攻撃の際は狙いを正確に定め、よくよく吟味して攻撃し、

 大振り後の硬直を狙われぬよう慎重に行動する必要があるでしょう。


 二点目は聴覚が並はずれていること。陸上と違い明度も輝度も低い

 水中において、彼らは専ら聴覚を用いた状況把握を好みます。

 彼らは水中に潜んだまま陸地から伝わってくる振動、すなわち音を

 頼りとして、往路を行き来する人や馬を捕捉し襲撃するのです。


 三点目は、水辺から離れるほど戦闘能力が落ちるという点です。

 水棲生物は水中という特異な環境に特化した形態を持っており、

 環境の激変する陸上ではその機動性や戦闘力は激減するのです。

 十分に水辺から引き離して戦う場合、彼らの戦闘力は概ね半減します。

 もっとも中には陸上においても問題なく振る舞える、水陸両棲の眷属も

 存在するため、相手の特徴を十分見極めた上での作戦展開が望まれます」



サイアスは資料を確認しつつ、ルジヌの話にどこか懐かしさを感じていた。

今にして思えば、北往路の戦闘ではこうした予備知識をロクに持たぬまま、

行き当たりばったり、かつ実地で教わり生き延びたのだ。

随分無茶をしたものだ、と自分自身に呆れる一方で、仮に事前に

知っていたら何か変わったのかというと、結局同じ戦い方を

するしかなかっただろうことに気付き、知らず苦笑を漏らしていた。

そしてその様をロイエに見咎められ、頬をプニプニとつつかれた。

サイアスはその指を掴んで退けるとすぐに元の無表情に戻った。


ルジヌはその様を目ざとく見つけ、しかし叱責することはなく、


「かつて平原を襲った魔軍の大規模侵攻『血の宴』において、

 水辺に棲まう眷属たちは北方の河川を平原へと遡上し、

 水源豊かな『水の文明圏』の至る所でそこに住まう人々に

 壊滅的な被害を与えました。やがて反攻の機会が訪れ、

 人々がこれら水の眷属を撃破し荒野へと追い落とすのに専ら

 用いられたのが、大音声で相手の聴覚を麻痺させた上、

 地上に突出させて撃破する、といった戦闘法です。

 こうした戦闘法は後に民話や伝承となり、今なお平原西部の

 河川流域において『歌姫伝説』として語り継がれているのです」


と語り、幽かに微笑んだ。


「おぉ、歌姫じゃん! 実は由緒正しい戦い方なんだな!」


と早速シェドが食らいつき、囃したてた。

ルジヌはこれをも咎めだてせず、


「そうですね…… たまには良いでしょう。

 死地に臨む兵士にとり、最後まで許されるのは戦うこと、

 そして歌うことです。幸いこの組には騎士ならずして

 異名まで取った『誓いの歌姫』がおられます。一曲披露して

 いただくのも良いでしょう」


ルジヌはそう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

サイアスはルジヌの真意を測りかね首を傾げたが、


「賛成! 賛成の方は拍手を!」


何とランドが仕切り出し、一斉に拍手が沸き起こった。

ランドはあっと言う間に第四戦隊のノリに染まってしまったようだ。

サイアスはその様な感想を抱きつつジト目でランドを見た。が、

ランドは涼しい顔でそっぽを向き、さらに何故か廊下から拍手が響いた。


「私も賛成だ。なんなら私が伴奏しよう。

 ほら、楽器ならここにある」


「……閣下!? 何故閣下が……」


サイアスは驚き呆れて声をあげた。

扉を開けて現れたのは、第三戦隊長クラニール・ブークだった。



「おやおやサイアス君、ここは第三戦隊の営舎だよ?

 言わば私の縄張り、私の庭さ。声に惹かれて姿を見せても

 何ら不思議はないだろう?」


ブークはそう言って楽しげに笑った。


「いえ不思議はあります。執務室からここは遠い……」


「あぁそんなことか。少々時間が空いたものでね。

 そういった折には思索に耽り、または詩想を求めて

 営舎内を散策することがあるのだよ」


「は、はぁ…… しかし何故楽器を」


「趣味だ。弓撃ちは弦楽器を好むものさ。

 ラーズ君に聞いてみたまえ。きっと彼も何か演奏できるよ。

 さて、曲は何だろうかね」


補助役の兵士たちは居住まいを正してブークに敬礼すると、

早速ブークに椅子を用意し、演奏の準備を整えはじめた。

ルジヌさんとランドの二人。さては閣下が様子を窺っているのに

気付いていたな…… サイアスはそう悟るとさっさと観念し、


「では、『川の乙女』で宜しいですか?」


とブークに問うた。


「あぁ良いね。州都の劇場で何度も聴いたよ。

 講義内容ともピッタリじゃないか。素晴らしい。

 さぁ、ではやろうじゃないか……」


ブークはえらく乗り気で早速音合わせを始めた。

実のところサイアスもまた、マナサたちの演奏を聴いてから

というもの、自らの音声を風に舞わせたくて仕方がなかったのだ。

もとより死闘の最中に歌いだす程果てなくおかしな神経をしており、

歌えと言われて躊躇うようなことはなかった。むしろ渡りに船とばかり、

サイアスは聊かの遠慮も斟酌もなく、想いを歌にして響かせることにした。


満面に期待の笑みを浮かべるロイエによってひょいと通路に摘み出され、

やや肩を竦めたのち、サイアスはブークと視線を合わせ、小さく頷いた。

ブークはリュートを巧みに奏で、和音とともに旋律を紡いだ。

サイアスは川の流れのごときその旋律に合わせ、

澄明朗朗たる声で滔滔と、「川の乙女」を歌いだした。

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