表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
234/1317

サイアスの千日物語 三十七日目 その四

軍師ルジヌは補助役の兵士に目配せをし、兵士たちは

資料を一同に配り始めた。当初15名いた士官候補生たる

第一組はグウィディオンの一件を経て13名となっており、

うち5名はサイアス小隊が占めていた。


「本日の講義は『眷属の特徴と分布及び対処』です。

 まずは配布資料を確認ください。一枚別紙となっているのが

 荒野の地図の簡略版で、眷属のおおよその分布図となっています。

 正式かつ詳細な地図は各自配属先にて改めて受領することになります。

 今回のはあくまで分布図として確認を。


 他方、冊子状のものが各眷属についての実資料となります。

 兵士間で口頭伝播される情報とは相違点もあろうかと思われますが、

 参謀部での公式見解ということでご理解いただければと思います。

 また時間の関係上、本講義で取り上げるのは代表的な数種のみと

 なりますが、現在確認されている全種の一通りの重要事項は

 資料に網羅されています。後程各自で照覧ください」


サイアスはまず分布図を確認した。既に支給された地図と異なり

諸処に眷属の名前が記載されている以外は文字情報が無く、

道標や地形の特徴といった情報が省略されていた。

それでも全体の把握には十分役立ちそうであり、

ロイエやシェド、ランドらは初めて見る荒野の地図を

ふんふんと頷きつつ食い入るように眺めていた。


もう一方の冊子状のものには眷属一種あたり一枚といった具合で

その容姿や特徴について文字情報がまとめられていた。簡単な挿絵も

ついていたが、特徴を誇張した実物と似て非なるものも散見された。



「まずは総論として、眷属全体について確認しておきましょう。

 眷属とは一言でいえば、魔の配下です。魔ほどではないものの

 人に比して強大な戦闘力を誇り、魔に比して群れを形成できる程には

 数も多く、高い知能を有し専ら集団で行動します。


 魔と眷属の相違点で我々にとって最も重要になるのは、

 彼らが日中も活動するという点です。眷属は昼夜を問わず荒野を跋扈し、

 夜は本能のままに、昼は魔の在所を隠すかのように、個々の縄張りを

 中心として何らかの活動を行っています。もっとも人間のように

 一日単位での規則的な生活をしているわけではなく、

 活動には彼ら独自の周期があるとも言われています。


 基本的に単一種で行動し、他種族とは現場での即応以上の連携は

 行いません。ただし背後に魔の意図がある場合はこの限りではなく、

 時には混成部隊となって行動する例も見られます。

 こうした混成軍の典型と言えるのが、魔自らが主導して

 軍団規模の眷属と共に城砦へと攻め寄せてくる『宴』です」



「眷属の戦闘力は、最も弱いとされる『できそこない』ですら

 戦力指数3とされ、これは城砦兵士の基準値である1を

 大きく上回るものとなっています。我々人間の戦力指数は

 眷属と異なり個体差が大きく、中には5を超える例もありますが、

 部隊を率いる立場となる士官候補生たる皆さんにおかれては、

 最低値での比較によって戦術を構築するのが望ましいでしょう。


 ともあれ単体同士を比較した場合、我々に勝ち目はありません。

 そのため常に複数で敵に対処する必要がでてきます。

 できそこないであれば概ね一体に対し3名から6名、要は

 部隊の最小単位である『班』で当たることが望まれます。


 もっとも眷属は我々の戦術が数を利してのものであることを

 十分承知しており、あちらも常に数を揃えることを念頭に

 行動しています。こうした数の勝負は、突き詰めれば

 軍団単位での戦闘が可能である我々が有利となりますが、

 『宴』を除いてそうした大部隊に対しては、眷属は決して

 自ら仕掛けては来ません。彼らの揃えられる範囲において

 こちらの数で水増しした戦力を上回れるような状況、すなわち

 小隊単位での哨戒任務に対する奇襲といった形での攻撃を好みます。

 結果として、眷属との戦闘は小隊規模での遭遇戦となる例が

 頻回となってくるのです」



「彼我の戦力差や戦況観測、戦術については隊付きの軍師が

 常に最適解を提供しますが、先に申し上げたように

 遭遇戦では大抵の場合、隊に軍師がおりません。

 そもそも軍師を自隊に召喚できるのは騎士級以上であるため、

 兵士長級が率いる小隊においては、皆さんのような見識ある小隊長が

 その役割を補う必要があります。今回配布した資料はその一助として

 十二分に活用していただきたいと思います」



「ではまずは、先刻から出ている『できそこない』についてです。

『できそこない』とは人の二倍程度、丁度軍馬と同程度の体格をした、

 四足歩行の眷属です。外見上の特徴として挙げられるのは、

 全体の調和を乱す程に肥大した前肢と鋭い鉤爪、背中に微かに残る

 蝙蝠に似た翼の残滓、さらには鬣に覆われた老人の如きその顔です。

 鳴き声は人の赤子に似ており、かつて平原に出没した際には

 その声で油断を誘って隊商や集落を襲う事例が後を絶ちませんでした。

 現在では分布図の通り荒野の南方の断崖付近を東西に広く

 縄張りと成して活動しています。


 地図にあるように平原と当城砦の間には巨大な湿原地帯があり、

 さらに北には東西に流れる河川が、南方には断崖が存在し、

 我々がもっぱら荒野と呼ぶ、荒野のうち平原にほど近いこの地域は

 これらの地形により荒野全体から分離された格好になっていることが

 確認できるでしょう。また当城砦が平原へ侵攻する魔軍にとって、

 蓋とも扉ともいえる位置に陣取る非常に目障りな存在であることも

 確認できるのではないでしょうか。ともあれ平原からの輸送部隊が

 当城砦へと到達するには湿原地帯を南北いずれかに迂回して進む

 必要があるため、できそこないの生存圏に近接する南往路では

 彼らとの遭遇戦が起きることもあります」


「『できそこない』の能力を数値として人と対比した場合、

 膂力と敏捷が特に高く、ともに20を超えています。

 そのためこの眷属と対峙した場合、大抵の場合先手はあちらに

 取られることになるでしょう。幸い攻撃方法は比較的単調で

 精度も高いとは言えず、専守防衛に徹する前衛が居れば、

 対応は楽な部類と言えます。


 できそこないの攻撃方法は、発達した前肢を利用した薙ぎ払いと

 全体重を乗せた体当たり。頻回に見られるのはこの二種となります。

 どちらも人の戦闘技能に換算すれば1から2といった程度であり、

 まさに力任せであり、技術として洗練されてはおりません。

 とはいえ身体能力の高さ故、薙ぎ払いはともかく体当たりを

 まともに受けると甲冑ごと圧潰する可能性があります。

 体当たりには予備動作があるため、守備を引き受ける場合は

 そこに着目して回避すると良いでしょう。


 実際の戦闘に際しては、前に一人、斜め後方に二人置いた

『先鋭陣』にて、前衛の作った隙に後方から飛び込み

 仕留める戦法が有効です。なお陣や前衛後衛、

 または役割ロールについては別途説明の機会を設けることとします。

 今は意識にとどめる程度で良いでしょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ