サイアスの千日物語 三十七日目 その三
「おース。これ『おーサイアス』の略な。
今日は午後に出動あるぞー」
サイアスとデネブが詰め所に入ると、
デレクがいつもの調子で声を掛けてきた。
「はぁ、そうですか……
おはようございます。副長の出迎えですか?」
サイアスは敬礼しつつそう言った。
「んー、そうだなー……
副長ってよりは輸送部隊の出迎えだな。あの人らだけだと
平原の外れからここまで数時間で突っ切ってくるから午前中に着く。
今回は団長ともども、輸送部隊の護衛をしつつ戻ってきてるらしい。
カエリア以外の輸送部隊は歩兵が混じるから、その分時間もかかる」
デレクは書状を確認しつつそう言った。
輸送部隊の行軍は物資輸送車の速度に合わせるため、歩兵が混じる場合、
行軍速度そのものが落ちることよりもむしろ、眷属の襲撃に際し
一時的に速度を上げての離脱が困難となることの方が問題であった。
そのため絡まれれば逐次撃破する必要があり、ベオルクらはその露払いと
遊撃を買って出ているらしいとのことであった。
「先日の北往路の一件があるからな。
第二戦隊も本気だ。既に強襲部隊が200程北往路に出張ってる。
うちは別途出る哨戒部隊50ちょいと連携しつつ城砦北部の警戒。
北往路の城砦側隘路の通過予定時刻は午後3時前後だそうだ。
午後の訓練課程は休みだな。連絡はこっちでやっとく。
……ま、折角出張っても、流石に出番は無さそうだなー」
「二戦隊の連中、こないだの偵察部隊の件で荒ぶってるからな。
それにうちのおヒゲ様も、暴れ出すとシャレにならん……」
「うむ…… 眷属が悲鳴あげて逃げてくんだぜ?
どっちが襲ってっか判んねぇよ。護衛は一人で十分なくらいさ」
兵士らはそう言って肩を竦めていた。
「そうだ、いい機会だから、お前馬で出てみたら?
さすがに馬上戦闘は無理だろうが、その時は降りて戦えばいい」
「おー、そうします。馬術も何とか覚えないと」
「うむ、良いことだ。その方が絵になるしな」
「はは、まーな。それに馬術を磨けば戦力指数も高まるぞ。
カエリア騎士団なんて、平原の連中なのに5は有るしなー」
「ほほー」
馬術が高まり軍馬を自在に操れるようになると、
人より優れた軍馬のフィジカルを戦力指数に加味し得る。
優れた騎士が馬術を極め人馬一体の境地に至り、
さらに駆るのが名馬ともなれば、まさに一騎当千となった。
「いっそ眷属に乗れたら面白いのに」
サイアスはさらっと呟いた。
「できそこないの騎士…… 駄目だこりゃ」
兵士がそう言い、一同は暫し笑いこけていた。
「っとまぁ午後はそういう感じだ。午前は普通にいってらー」
デレクや兵士らに見送られ、サイアスはデネブと共に営舎を出た。
南西区画に到着し、第三戦隊営舎に入ったサイアスとデネブは、
営舎二階の第一会議室を目指した。会議室に入ると早速ロイエに捕捉され、
「あ、きたきた。相変わらずのんびりしてるわねー」
と言われ、全力で手招きされた。
ロイエは陣取っていた横長の机の中央から右へとずれ、
椅子をポンポンと叩いてサイアスに中央に入るように促した。
サイアスは何よりもロイエに注意しつつ恐る恐る近づいたが、
警戒むなしく鷲掴みにされて強引に着席させられ、左方はデネブに
がっちり塞がれ、ロイエとデネブにみちっと挟み込まれる形になった。
なお後席はランドとシェドが二人で占拠し、生暖かく様子を窺っていた。
「うーむ」
「何唸ってんのよ。ま、何かあったら
守ってあげるから安心しなさい!」
ロイエは得意げにそう言って笑っていた。
サイアスは早々に反論を諦め、
「デレク様から午後のこと聞いたかい」
とロイエらに確認を取ることにした。
「あー、聞いた聞いた。
皆で出た方がいいんだろうけど、
ベリルとかシェドとかどうすんの」
「戦闘に至る見込みが薄いらしいから、
実地経験を積ませるためにも連れていこう。
私も今日は馬で行くよ。斬り合いは降りてするけれど」
「へー、指揮官っぽくなって来たわねぇ。
ま、安心しなさい。あんたに獲物は残さないわ!」
ロイエはそう言って不敵に笑い、
デネブが頷いてロイエに同意を示した。と、そのとき
カンカン、カンカン、カンカン。
サイアスには数日振りとなる二連打三度の鐘の音が鳴り、
続いて参謀部付き城砦軍師ルジヌと補助役の第三戦隊兵士らが
颯爽と第一会議室へと入ってきた。サイアスはルジヌに会釈し、
ルジヌはサイアスを認めると微かに笑んだ。そしてすぐに
いつもの仏頂面に戻ると、キレのある澄んだ声で一同に告げた。
「おはようございます、皆さん。
それでは訓練課程第七日目、午前の講義を開始します」




