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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十七日目

風か波かといった眠りの流れがふと途切れ、

サイアスはうっすらと目を開けた。書斎兼寝室では

夜間であっても常に一つはランプがその火を灯しており、

今は机の上で柔らかな陰影を作り出していた。


「本当に起きるものね。面白い……」


「私だと起きないのだけれど」


「まぁ…… それは惚気かしら? フフ」


視界の外側に女性が二人居るようだ。

どちらも聞き覚えのある声だった。


「サイアス、マナサが来たわよ」


一方の声の主、ニティヤがそう言った。


「折角寝ていたのにごめんなさいね。

 ここのところうまく時間が取れなかったものだから」


サイアスは徐々に意識が明瞭になり、むくりと起き出して脇を見た。

書斎兼寝室の寝台の向かい。丁度歩いて入れる物置の壁際に、

二人の女性が並んで立っていた。どちらも西方では見慣れない

襞の多い鮮やかな衣を纏い、肩からも同色の布地を掛けていた。


「あら、意外そうな顔をしているわ」


ニティヤがサイアスにそう言った。


「ん、いや…… 並んで立っているのを初めてみたから」


サイアスはマナサに会釈しつつ、もぞもぞと起き出した。


「……あぁ、そうかもしれないわね。

 いつもは天井からだから。私もたまには扉から入るのよ?」


マナサはそう言って笑った。


「この部屋への侵入路はね、ニティヤが塞いでしまったの。

 独り占めしたいのかしらね、フフフ……」


マナサの笑みにニティヤはそっぽを向き、


「マナサ、用があってきたのでしょう? 早く言わないと」


と急かしてみせた。


「あらあら、照れているわ。可愛い子ね。

 大丈夫よ? 私は貴方たちの姉で十分だから」


「もう! マナサ!」


ニティヤはそう言って膨れていた。かつては平原において

その名を聞けば「泣く子は黙り大人は泣きわめく」と畏れられた

神話級の暗殺者とは思えぬほど、マナサはニティヤと

和やかな風情でじゃれていた。サイアスは何やら居づらくなり、

設置したばかりの大時計を確認した。

時刻は午前一時をまわったばかりというところだった。


「サイアス、ニティヤのこと、本当に感謝しているわ。

 この子は私にとって実の妹みたいなものだから。

 ねぇ、二人とも私の部屋へいらっしゃいな。

 ささやかだけれど宴の準備をしてあるのよ」


「おー」


サイアスは感嘆の声をあげた。

そういえばこの二人、雰囲気も話し方もよく似ている、

本当に姉妹みたいだ、とサイアスは改めて感じていた。


「まぁ。それは良かったわ。夕刻あの後

 すぐに寝てしまったから、お腹は空いているはずよ」


「あら、そうなのね。

 フフ、色々作って貰っているから楽しんで頂戴」


マナサはそう言って扉から応接室へと出て、次の瞬間には消えていた。


「マナサの居室は詰め所の手前すぐ左手よ。

 ……普段は開けちゃだめよ? 死ぬわ」


何やら物騒なことを言いつつ、

ニティヤは布地をサイアスに渡した。


「これは?」


「マナサに貰った肩掛けを手直ししたの。

 普段着には良いと思うわ」


サイアスが手にした布地を広げると、手触りの良い薄手の羽織となった。

羽織は染色の鮮やかさを最大限活かす簡素な構造となっていた。


「へぇ、ありがとう」


サイアスはチュニックの上にさらりと羽織を纏い、羽毛の如き

軽やかな着心地を一瞬で気に入り笑顔となった。

ニティヤはサイアスの表情に満足し、


「フフ、お礼はマナサにね。

 では行きましょう。私もお腹が空いたわ」


ニティヤとサイアスは応接室に入り、デネブに事情を伝え、

留守を頼んで居室を出た。二人は廊下を進み、

普段は何気なく素通りしていた詰め所手前の騎士用の居室の扉を目指した。


騎士用の居室は詰め所からすぐ四つ並んで存在し、一番手前がデレク、

続く二つが空室で、一番詰め所寄りがマナサの居室となっていた。

サイアスはマナサ他、と刻まれた扉のプレートを確認すると、

扉を引きあけ、中へと進んだ。


そこはいきなり庭だった。天井こそあるものの左右には低めの木々が並び、

手前には草花が咲いており、何処からか、川のせせらぎも聞こえていた。

サイアスはあまりの光景の変容ぶりに暫時己が目を疑った。


「この庭には大きな蛇が棲んでいるの。

 私たちには懐いているけれど、貴方はどうかしらね」


「蛇の知り合いはいないな。鱗や模様は綺麗だよね」


「相変わらずちょっと変わってるわね、貴方」


ニティヤはクスリと笑って一歩前に出た。

サイアスとニティヤがささやかな庭園をわずかに進むと、

前方には再び扉があり、そこにやや浅黒い肌の黒髪の女性が立っていた。

纏う装束はマナサらと同じ、独特の墨色の衣であった。

女性は無言で一礼し、扉を開けて二人を中へと招きいれた。


二つ目の扉の内側は、サイアスの居室の新しい応接室の

6割程の大きさをした正方形の広間であり、壁には幾何学的な紋様や

月や星、物語などを描き出す色鮮やかなタペストリが掛けられていた。

また床には一面に起毛の豊かな敷物が敷かれ、中央には大きな円形の

卓というよりは台が置かれていた。円形の台の周囲には座椅子代わりの

毛皮やクッションなどが置かれ、すこぶる居心地が良さそうだった。

台の中央や部屋の四方で明かりを灯すランプの揺らめきと

真鍮色の香炉からくゆる微細な煙とが独特の世界を築きあげており、

どことなくメディナの店に似ている、とサイアスは感じていた。


天井の高い正方形のこの広間はサイアスの居室と異なり

入り口からすぐに数段床が高くなっており、


「靴を脱いで上がるのよ」


とのニティヤの言に従って、言われるままにサイアスは真似をし、

恐る恐る足を踏み入れた。


「フフ、そんなに畏まらなくてもいいわ。

 私には自宅なのだし、

 貴方たちにもそのように過ごして貰えると嬉しい」


声と共に奥から出てきたマナサは無言の女性に何事かを告げ、

女性はさらに出てきた別の女性とサイアスらを

席に案内した。サイアスとニティヤは毛皮でできた

敷物に腰をおろし、差し出された杯を手にマナサと向き合った。


「なんだか母親になった気分だわ。

 二人とも、今日はゆっくりしていって頂戴」


ニティヤ同様、優雅で豪奢な衣に身を包み、

マナサはそう言って柔らかく微笑んだ。

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