サイアスの千日物語 三十六日目 その二十六
「ぐぞ…… だんでごんだ一糸乱れず揃うんだよ……」
シェドはアヒルを捻ったような声でそう言った。
「みんなとっくに限界さ。私もずっとウズウズしてた」
サイアスはサラリとそう言い、周囲は大いに賛同した。
「だんでよ! ごんだどっでだいよ! ごんだど絶対おがじいよ!」
シェドはガァガァと咽び叫び、
「ダミ声で可憐なセリフ吐くんじゃねぇよ」
ラーズがそう言って、矢でチクチクとシェドの頬をつついた。
「で? 名前は?」
ロイエは剣の腹でシェドの顎をグイと押し上げつつそう問うた。
流石の貫禄。似合い過ぎだ、とサイアスは苦笑した。
「……シェダー・フェルモリア。
フェルモリア国王ズラトー・フェルモリアが一子にして
城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアが甥。
王位継承権5位なるフェルモリア第七王子だ……
ポーチに印章と人質交渉用の書状入ってっから確かめろよ。
あーぁ、二回も身バレしちまうなんてなぁ。かっちょ悪ぃぜ」
「ほぅ、こいつかい」
ラーズはシェドのポーチから手際よく目当ての包みを取り出した。
「お前といい、ロイエといい、ヤケに手慣れてませんかねぇ……」
シェドは苦笑しつつ抗議した。
「ま、色々物騒な世の中だってこった。
……ふむ、間違いねぇな」
包みには金象嵌の印章と、捕虜となった際の処遇についてを記載した
書状が入っていた。駐留騎士団営舎にてトリクティア機動大隊に
捕えられた際、縄目の恥辱を受けることがなかったのも、
印章と書状で身分と待遇が保証されていたからであった。
「ほら、これで判ったろ! さっさと剣をどけてくれ!
無礼であるぞ!」
とシェド改めシェダー・フェルモリアはそう言った。
「うっさい! 調子にのんな!」
とロイエがわめき、ボカっと頭を張り飛ばした。
「ぐぇあ! お、お前! 王族ヘッドを何と心得るぅ!」
シェダーがその様に喚いたが誰も相手にはしなかった。
「……この紋章、騎士団長の書状にあったものと同じだ。
身元はこれではっきりしたようだ」
サイアスはそう言って繚星を引き下げ、
軽く布でぬぐって鞘へと戻した。
「それにしても、シェダー・フェルモリアの偽名が
シェド・フェルねぇ……」
ランドがどこか呆れるようにそう言い、
「あー、うん。それ私も思った」
ロイエがそれに賛同し、
「な、なんだよ……」
とシェドがどもるも、
「センス無いわね」
ニティヤがきっちり止めをさした。
「う、うう、うるちゃい! うるちゃいうるちゃい!
ほら、もう良いだろ、サクっと誓ったらぁ! 聞いとけ!
我シェダー・フェルモリアはその名に懸け隊規を遵守し下命を死守し、
小隊及び戦隊に尽くすことを誓約す。これでドヤぁ!」
「……了解した。
シェダー・フェルモリア。貴君を配下に迎えよう。宜しく」
サイアスは無表情かつ抑揚ない声でそう告げ、
その後幽かに微笑んだ。
「おぅ! 今後もシェドで宜しくな!」
シェドは刃のムシロから解放され、ほっと喉を撫でおろした。
「にしてもあんた、一応王子なんでしょ?
なんでこんなとこまで来たわけ?」
「あ、それ聞いちゃう? やっぱ聞いちゃう?
まぁそうだよなー気になるよなーうん。
じゃしょうがないから話しちゃおっかなー」
シェドはドヤ顔で得意げにそう言った。
「ウゼェ……」
ラーズは兵士たちと異口同音にそう言った。
「実はさー、ちろっと手紙預かったついでに城砦体験してみちゃおかなー
とか、最初はその程度で来たんだよな、うん。手紙ってのは叔父さん宛。
差出人は叔母さん。叔父さんもう何年も実家に帰ってないんだよ。
んで叔母さんキレちゃって、帰ってこないなら攻め込むぞ! とか
言っちゃっててさ…… しょうがないから俺が手紙預かってきたんだよ。
叔父さんとも顔見知りだし、第七王子ならうっかり死んでもまぁいいや、
みたいなノリでね……」
シェドはそう言って皮肉な笑みを浮かべた。
「とりあえず着いてその日のうちに叔父さんに手紙を渡して、
アウクシリウムで叔母さんと面会するって約束は取り付けてさ。
あとは当人同士で話し合えってことで役目自体は果たしたんで、
叔父さんがアウクシリウムに発つ日まで、こっちは訓練課程でも
楽しんで帰るかーとか、軽い気持ちで思ってたんだけどさ。
何てーか…… 叔父さんの気持ちも判るなーというか。
俺今まで何のために生きてたんだろ、とか。色々思うところが
あったわけよ! んでだ。どうせ戻っても継承権の余り者で生きてく
だけだし、そんならちっとは世の中の役に立ってみたいなー、と……
いや、今更ごまかしてもしゃあない」
シェドはそう言って首を振り、改めて話を続けた。
「俺、こんなんだから友達とかいなくてさ。なんか人と仲良くなるとか
なかったもんで、こっち来てからが楽しくてさ……
せっかくできた友達ほっぽって自分だけ戻って安全なとこで
ヌクヌクってのが、嫌になっちまったんだよ。なので叔父さんについて
アウクシリウムには戻らなかった。どうせなら仲間と一緒に、
仲間のために戦いたいって。それで死ぬなら上出来じゃん、って、
そう思うようになったんだ。ただ何もできないし何していいかも
わかんねえから、こないだは先走ってヘマやらかしたんだよな。
お蔭でえらい大目玉喰らっちまったけど」
「まぁ、あれだ! ともかく、俺はここで戦おう、って、そう決めたんだ。
そういう訳でよろしくな…… って誰も聞いてねぇ!?」
自分語りに熱中するシェドがふと我に返って周囲を見回すと、
誰もそちらを向いてはおらず、各自勝手気ままに何かをしていた。
サイアスはデネブやロイエと帳面で何事かをやりとりし、
ベリルはデレクに覚えたてのコイン芸を披露し、
ラーズはランドや兵士たちと談笑していた。
「く、ひ、酷くないか俺の扱い、泣いちゃうぞ……」
シェドはそう言ってべっこりへこんでいたが、
「何言ってやがる。入隊した時点でオメーの見せ場は終わりだよ!
オメーは既に戦隊員すなわち身内だ。誰がいちいち身内に気を遣うかよ。
そもそも厨二こじらせたガキのドヤ顔自分語りなんぞ素面で聞けっか!
おら、呑みに行くからお前も来いや!」
「あ、あるぇー? 何か思ってたのと違うぅ……」
「うっせぇさっさと来い! 今日は呑むぜぇ!」
今日「も」だろ、うるせぇよ、などと罵り笑い合う兵士らに
首根っこを掴まれ、シェドは食堂へと連行されていった。
ラーズやランドも笑いながらその後を追った。
「部屋はラーズの隣。ランドとシェドは相部屋ねー」
サイアスは去り際のランドらにそう声をかけ、
仕上がった新規入隊者2名の書類をまとめてデレクに提出し、
居室へと戻った。その後ニティヤが退屈そうに見守る中
書斎兼寝室で実家への手紙をしたためると、
香木の香り豊かな風呂で一息ついて早めに眠ることにした。




