サイアスの千日物語 三十六日目 その二十三
サイアス小隊がゾロゾロと詰め所に入ってくると、
「あっ、サイアスさん!」
とランドが声を上げた。
サイアスへの来客とは
ランドとシェドの二人だったようだ。
「……よぅ、暫くぶり。元気そうだな」
シェドはサイアスに不敵な笑みを浮かべた。
ランドとシェドは詰め所の横長の卓の
それぞれ両端に座っており、
お互い顔を合わせようとはしなかった。
「何よあんたら…… まだゴネてんの?」
ロイエは呆れた風にそう言った。
どうやらランドとシェドは
既にこうなって久しいようだった。
「別にゴネてる訳じゃねぇよ」
シェドがロイエにそう言った。
「うん、そうだね。
話し合いはもう済んでいるんだ」
ランドが淡々とそう告げた。
サイアスはチラとラーズを見やったが、
ラーズは眉を上げ肩を竦めておどけていた。
さては面倒事に違いない。サイアスはそう確信し、
小さくため息をつくと二人に話しかけた。
「要件を。手短に」
「おぃ歌姫ちゃん、何か冷たくね?」
シェドは不満げにそう言ったが、
「ここは子供の遊び場ではないわ」
と頭上から声が降ってきたため
慌てて辺りを見回した。
「すわっ、敵か!?」
「敵ならとっくにお前ぇの首はねぇよ」
シェドの言葉にラーズがニヤリとそう述べた。
サイアスはシェドから事情を聞くのは早々に諦め、
改めてランドに問いかけた。
「ランド。君から聞こう」
「あぁ、うん。忙しいところ恐縮です。
今日はサイアスさんにお願いがあってきたんだ……
僕とシェドの、決闘に立ち会って欲しいんだ」
周囲で何気なく聞いていた兵士たちが一斉に
ランドとシェドを見やり、次いでサイアスを見た。
サイアスは普段通りの無表情で、抑揚なく返答した。
「……まだ仲人を務める歳では……」
デレクや兵士、ロイエらが一斉に噴き出した。
「結婚じゃねぇし! 決闘だし!」
「サイアスさん! 本気なんだよ!
ちゃかさないでほしいな」
「はいはい、決闘ね。貴族同士のつつき合いね。
まったく何でまた……」
サイアスはやれやれと言った調子でそう言った。
決闘とは、貴族や立場のある者が互いの主張や名誉を
掛けて行う戦闘を手段とした調停行為のことであり、
戦乱甚だしいかつての平原では代理戦争の様相を
呈したり、裁判の代用とされたりすることもあった。
古くはそれこそ命を取り合い血みどろの戦いと
なりもしたが、魔や眷属という人外の脅威に曝され
人同士の争いが下火となった当世においては
大抵の場合、貴族の若者が互いの虚栄心や
功名心を満たすために行っていた、
一種の儀礼であった。
内容としては日時や場所を指定し立会人を用意して
レイピアやショートソードを以て対峙し、
先に出血させればそれで勝ちという、
日々眷属と殺し合うサイアスのような者にとっては
何とも平和なお遊びでしかなかったのだ。
もっともサイアスは眼前の二人
特にシェド・フェルがわざわざ決闘などという
手段を選ぶだけの大仰な家格の出身らしい、
と当たりを付けてもいた。
サイアスの見立てでは領主であるランド以上。
おそらくいずこかの国主、もしくは
その血縁といったところだった。
「まぁ、決闘を…… 大した覚悟ね」
ニティヤがどこからともなくそう言った。
「ん? そうなの? 傭兵でも命までは取らないけど」
ロイエがニティヤにそう問うた。
傭兵同士が揉め事の延長として決闘に及ぶ例は
割に多く、それらは専ら単に喧嘩と呼ばれた。
戦闘のプロであるため戦いの勘所を心得ている
傭兵たちは大抵互いが手加減をして
大事になる前に手を引き、
本業に支障を出さないよう細心の注意を払っていた。
「だって決闘でしょう? 素手で相手の目玉を抉り
舌を引き抜いて犬に食わせるのでしょう?
なかなかできることでは無いわ……」
「えっ?」
「え!?」
「何それ怖い……」
シェドとランドが思わず問い正して
ロイエが感想を述べ、
「ひゃぁああっ!?」
とベリルが悲鳴を上げ、
「闇社会パネェな……」
とラーズが呟いた。サイアスはと言うと
「犬がかわいそう。
アンバーだってそういうのは残すのに」
と、まったく別次元の感想を述べた。
「アンバーって誰よ!?」
シェドがそう問い、
「アンバーは伯父さんの飼ってる大きな獣さ。
伯父さんはトラキチって呼んでるけれど」
「ト、トラ!?
お前んとこ喰われたりしないのかよ」
「しないね。家族だし。
村の人は顔見知りだから減ってれば気付くし」
「よ、よその人は……?」
「知らない」
サイアスは肩を竦めてそっぽを向いた。
「おぃぃいいい!?」
「よその人なんてどうでも良いわよ!
今はあんたらの話してんの。
さっさと事情話しなさいよ!」
ロイエはピシャリとそう言って、
ランドとシェドに説明を促した。




