サイアスの千日物語 三十六日目 その二十
「さて細身のハルバードか…… 鉄身の槍が扱えるってこたぁ、
単純に重さが問題って訳でも無ぇな。すると取り回しの問題か」
ハルバードは複数種の攻撃部位を先端に備える長柄武器であり、
それゆえ先端にかなりの重量を具えていた。
操作上の特質は両手斧に近く、片手で扱う場合、本来の持ち味である
複雑な操作による多彩な攻撃の選択肢を採れなくなり、
ハルバードである意味を失ってしまう、という危惧があった。
「ハルバードと言やまずデレクだが、
あいつは膂力も器用も敏捷も高いし、何より両手で使うからな。
左にメナンキュラス、右にハルバードじゃぁ勝手が違いすぎる。
……そうさな。まだ斧の扱いを知らんというなら」
インクスはデネブに手を差しだし、細身の鉄槍を受け取った。
次いでインクスは細身の鉄槍の穂先周りの装飾を取り払い、
槍の先端をそれを以て刺すようにして燃え盛る炉へと突っ込んだ。
「そっちの剣も貸しな。
……ふむ、思った以上に良い塩梅だ」
インクスはさらにデネブの帯剣をも引き取り、手早く柄巻きと
ポメルを外した。剣は構造上、剣身と柄が完全に一体形成されており、
そこに護拳のための鍔と重心調整のための柄頭とを取り付け、
握りやすいよう柄に木や皮、紐を巻き付け装飾する。
この点において一部の東方諸国で採用される茎形式の
『刀』と大きく異なっていた。
茎形式の『刀』では、外装としての柄が刀身と分割されていることで
攻撃時の衝撃を吸収し、手に受ける反動を減らす効能をもたらす。
敵の表面を滑るように切断する斬撃とその操法に特化した構造であった。
これは片側にのみ刃を持つ湾曲した刀身と調和し、
斬撃特化の方向性をさらに昇華させていた。西方の剣においても
サーベルやメッサーと呼ばれる斬撃指向の剣種では、
茎形式を採用する向きもあった。
一方西方でもっぱら採用される柄まで総身の『剣』はこうした
二重構造の衝撃吸収機能が無い分頑健で均質性や信頼性が高く、
裏刃での攻撃やリカッソを用いたハーフグリップ、鍔や柄頭による攻撃
さらには組討ち等、千変万化の多彩な用法を可能にしていた。
総じて、外見こそ近いものの、西の剣と東の刀は
設計思想が根底から異なる、全く別の種類の武器であると言えた。
インクスは鍔以外を取り払った剣の柄に液体を掛け綺麗に拭うと、
剣を台座に置き、柄に細かい金属片と何かの粉末を付着させ、
柄の側を台座ごと炉に突っ込んだ。
轟々と鞴が音と立て、燃え盛る炉の前で身じろぎ一つせず待つこと暫し。
インクスは台座を取り出して表面がどろりと変じた剣の柄を確認し、
そこに炉から引っこ抜いた鉄槍の穂先を剣の鍔で揃える様に当てがって、
両者を金床の上へと移し、大地も割らん、と猛然と鉄槌を撃ちこみ続けた。
重さと甲高さのある金属音が悲鳴の様に響き渡り、
身の竦むような想いで様相を見守っていたサイアスは、
やがて訪れた静寂の中でインクスが槍を掲げ、水槽に突っ込むのを見た。
ジュボゥ、と異質な音がして、我に返ったように見つめる
サイアスたちの前で、新たな姿を得て生まれ変わった細身の槍が
水を切るように落として炉の炎を反射していた。
「うむ、これで問題ねぇはずだ。ほれ、ちぃと振ってみろ」
インクスはひょい、と槍を持ち替えて手元をデネブへと差し出した。
デネブはコクリと頷いて槍を手にし、新たな形状となった穂先に見入った。
細身の槍の穂先は今や完全に剣であり、僅かに上方へと湾曲する
左右に伸びた鍔は硬質化かつ先鋭化し、第二の刃といえる程に
打ち込み鍛えられていた。
「十文字槍ってのがある。その変わり種だな。
扱いは槍のままでいい。ハルバードの操法もいけるから、
斧に慣れるまではこいつで試すといい」
インクスはそう言ってカエリアの実をまとめて頬張り、
杯の水をも含んで豪快に食した。
「そうさな、名前も付けてみるか?
お前ぇデネブと言ったな。じゃぁこいつはギェナーでどうだ」
平原の北方、夏の夜空に燦然と輝く、十字に並ぶ星の群れ。
「北天の十字」と呼ばれるその星の群れで一際強く輝く
頭頂の首座をデネブと呼んだ。そしてギェナーとは
その十字の右手に当たる星の名であった。
「おー。インクス様、詩人ですね……」
サイアスが感嘆の声を上げた。
「よ、よせ、柄でも無ぇ! でもまぁ悪か無ぇ名だろ」
インクスはゴツい巨体をゆすって盛大に照れていた。
デネブはフルフルと小刻みに震えていたが、やがて落着き、
深々とインクスに頭を下げ、そして北十字の槍を天に掲げた。
「気に入ったみたいです。それも素晴らしく……
ってこら、テネブ、危ない! こっちに振るな!」
デネブは大はしゃぎで槍を振りまわし、
サイアスは慌てて距離を取った。
「ふぁっはははは! そうかい気に入ったかい!
それに、こいつも娘っこの一人だったか。
お前ぇもスミに置けねぇなサイアス!」
「は、はぁ……」
サイアスは現状に困惑しつつも、
「あの、インクス様。
お代は如何ほどお支払すれば良いですか?」
と問うた。インクスは破顔一笑し、
「要らねぇよ! 剣も槍も持ち込みじゃねぇか。
繋いだ位で代金せびれねぇよ。それに一応整えちゃいるが、
重心調整は万全とは言えねぇしな。試作品ってことで
使用感の報告くれりゃそれでいいぜ。宜しく頼むぜデネブちゃんよぅ」
インクスはデネブにそう言って笑いかけた。
デネブは深く頷き、デネブ専用試作槍「ギェナー」を高々と掲げた。
「後はそうだな…… 手前に陣取ってる鍛冶衆が
片手間に作ってるブツがあるから、気に入ったのがあったら
そいつを買い取ってやってくれるかい。連中も励みになるだろうよ」
「判りました。そうします」
サイアスは深く頷いた。
「お前ぇの剣、あと数日で一度目の打ち込みが終わりそうだぜ。
そっからさらに九度は打ち込むから、二月くらいは見といてくれ」
「了解しました。宜しくお願いします」
「おぅ、ギェナーもそのうち真打こさえてやっから、
またいつでも遊びにこい!」
インクスはそう言って高笑いし、
サイアスとデネブは敬礼して炉を後にした。
その後サイアスは配下全員分の短剣を見繕い、勲功3000を消費した。
紆余曲折を経て、サイアスの勲功はこれで丁度30000となった。
その後調整の済んだ八束の剣を営舎に届けて貰う約束を取り付けて、
サイアスとデネブは武器工房を後にした。




