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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十六日目 その十九

「お? サイアスじゃん。

 おやっさん、サイアスが来たぞー!」


サイアスとデネブが武器工房に近づくと、

入り口の歩哨が早速奥へ声を掛けた。


「いいとこに来たな。今おやつ時なんだぜ」


歩哨の兵士はニヤリとして言った。


「おやつ……?」


サイアスが首を傾げていると、


「おう、こっちこーい!」


と奥から大声がした。工房長インクスが呼んでいるようだ。

サイアスとデネブは兵士に敬礼し、奥の炉の方へと進んでいった。


「おぉサイアス。よく来たな。剣はまだだが、

 ま、おやつでも食っていけ」


そう言って工房長インクスは炉の脇にある、

規則正しい窪みの付いた鉄板に何かの液体を流し込み、

窪みを液体で満たした上、黒っぽいものを匙で放り込んだ。


「お前ぇは西のモンだったな。

 じゃあ見たことねぇか」


インクスは興味深げに様子を窺うサイアスを見てくしゃりと笑った。

次いでインクスは炉から一枚の焼けた鉄板を金具で摘み出し、

窪みの付いた鉄板に押し付けた。二枚の鉄板は元々一組でだったようで、

ぴったり合わさりジュジュゥ、と音と立て、周囲に甘い香りが漂った。

インクスは押し付けた鉄板を再び持ち上げ、近場の水槽に放り込んだ。

下にあった鉄板の窪みには、綺麗な焼き色の付いた

円盤状の焼き菓子らしきものが出来上がっていた。


「ほい、できた。『鍛冶場焼き』だ。熱いから気ぃつけて食えよ!」


インクスは焼き菓子の嵌った鉄板を裏返し、鎚でゴン、と叩いた。

焼きあがった「鍛冶場焼き」はポロポロと受け皿に落ちた。


サイアスはインクスに促され、そのうちの一個を手に取ったが、

熱さのあまり取り落としそうになり、二、三度お手玉したところで

ポーチから出した布で受け止めた。


「ほっ、器用だなお前ぇ!」


インクスはその様をみて豪快に笑っていた。

サイアスは布でくるんでふーふー吹きながら慎重に鍛冶場焼きを齧った。


「むむ、ふわふわして、甘い…… 美味しいです」


「おぉ、そうだろうとも! 

 ここは熱くて汗かくから余計に甘く感じるな」


インクスはサイアスがチビチビはふはふと

頬張って顔をほころばせる様を見て、満足げに言った。


「とても美味しいです。あの…… 実は部下に猛獣みたいな

 甘党がおりまして。いくつかお土産に頂けませんか」


「おぅいいとも! ちとまっとれ、包んでやる!」


インクスはそう言って、受け皿の残りの鍛冶場焼きを

全て紙包みに入れてくれた。


「こ、こんなに!? 良いんですか?」


「いいとも! お前ぇの部下ってこた、年頃の娘っこだろ?

 じゃあこれでも足りねぇくらいだな!」


そう言ってインクスは高笑いした。

サイアスはまったくもってその通りなので苦笑していた。


「ありがとうございます。あの、良かったらカエリアの実を」


サイアスは袋から赤い実を選りすぐってインクスに差し出した。


「おぉ、懐かしいもん持ってるな! 有難くもらっとこう」


カエリア北東部出身のインクスは

益々上機嫌になってカエリアの実を受け取り、


「ほいで今日はどういう要件かね?」


と気さくに尋ねてきた。


「はい、八束の剣の調子の報告と、

 こちらのデネブに細身のハルバードを、と」


サイアスはデネブの件の説明をしつつ、紙包みを小脇に抱え

背中に掛けていた八束の剣を鞘ごと手にした。


「ふむ、まずは剣から見るか。

 どれ、論よりなんとかだ。貸してみぃ」


サイアスは言われるままにインクスに八束の剣を差しだした。


「ふぅむ、小傷が少々。芯に歪み無し、か。まるで問題は無ぇが

 折角だからもっかい打っとくか。打つほど強くなるからな。

 んでお前ぇ、こいつで何を斬ったんだ?」


「百人隊の軍装をした私掠兵を10程、後は大口手足を1です」


「たった数日で、忙しいヤツだな…… んで具合はどうだった」


「私掠兵はほとんど手応えすら感じませんでした。

 大口手足はデネブが斬り込んだ肩口をなぞって強撃を。

 また前肢の付け根を旋の裏で斬りましたが、

 格別違和感を感じることはありませんでした」


サイアスは淡々と報告を行った。


「ふぅむ。するとこの縄でこすったようなのは、大口手足の骨の跡か。

 大口手足てのは眷属としちゃ柔い方だが、どいつも骨が太くて硬い。

 下手すりゃ鋼でも折れるくらいだ。そこら踏まえりゃ、このナリは

 上出来も上出来ってとこだな」


インクスはしげしげと剣を眺めつつそう言った。


「しかし『旋の裏』なぁ。末恐ろしいやつだ。

 ローディスが目ぇ掛けるだけはある。まぁアイツのワザを使うとなりゃ、

 真打はそれをも踏まえて調整しねぇと。なかなか有意義な情報だった。

 他の武器の鍛造強度の目安にもなる。今後も実戦での情報頼むぞ」


「こちらこそ。今後とも宜しくお願いします」


サイアスはそう言って一礼し、デネブのハルバードへと話題を移した。

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