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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十六日目 その十四

「さて、短所についても実に千差万別でね。

 また便宜上短所と呼んではいるが、見ようによっては

 長所と呼ぶべきものもある。まぁそれも価値観の基準を

 どこに置くか、ということなのだろうが」


ヴァディスは腰の小袋からカエリアの実を取り出し、

二つサイアスに手渡した。デネブは実を必要としないため、

サイアスは一つをヴァディスに返し、サイアスとヴァディスは

カエリアの実の芳醇な果汁で喉を潤した。


「うむ、美味だ。これを気軽に食せるのは、

 カエリア生まれの特権だな。君にも是非一度国許で

 カエリアの実のタルトを堪能して貰いたいものだ」


ヴァディスは満足げに目を細めてそう言った。


「ロイエンタールに与えたら、カエリアに永住するって言いそうだ……

 そういえばラインドルフの葡萄もかなり糖度が高いですよ。

 もっぱらワインに使いますが」


「むっ、それは『ラインの黄金』のことか?

 他国ではまさに黄金並みの価格で取引きされているな。

 是非飲んでみたいから、ちょっと実家に頼んで取り寄せてくれ」


「あぁ、お酒がお好きでしたね…… お世話になっていますから、

 それくらいはお安い御用です。お任せを」


サイアスはヴァディスに確約し、

ヴァディスは大はしゃぎして喜んだ。


「おぉ! やったぁ! 素晴らしいぞ我が弟よ! お姉ちゃん感激だ!」


「はいはい。今日中に手紙を書きますね。では続きを」


サイアスは苦笑しつつ講義の続きを促した。


「うむ、任せなさい! ……どこまで話したっけ!」


ヴァディスは何やらうっとりとしつつ上の空でそう言った。

相当期待されているらしい、とサイアスは微笑みつつ


「次は魔力の影響の短所です」


と指摘した。


「あぁ、短所か。これもまた千差万別で一概には言えないのだが、

 やはり頻回なものを掻い摘んであげておこう。まずは外面の変化だ。

 魔力の上昇によって、文字通り人としての外観に変化が現れるのだ。

 たとえば身体の一部に鱗が生えたり、角や尻尾が生えたり、

 某参謀長のように翼が生えたり、といった具合に。


 外見上の変化は最も分かりやすいが、必ずしも短所とは言い難い。

 例えば参謀長は翼のお蔭で飛べるしな。あの方は本城の頂上に

 庵を設けて暮らしているぞ。階段も梯子も無く、

 余人は辿り着けない場所で普段は隠棲しておられるのだ。

 時折地上に降りてきては物資を漁っていくけれど。

 荒野の地図を作成したのもあの方だ。

 お蔭で我々は精度の高い情報を得ることができる。

 他には城砦近郊の偵察をすることもあるが、

 何をやるにも単独任務となるのでな。余り派手な行動は取られない。

 羽牙の群れに集られたら目も当てられないからな」


「滅多にお会いできない方だったのですね」


「そうだな。まぁ宴が近づくとフラフラ降りてくるから、

 今暫くは見掛けることも多いだろう。

 天から降りてきて宴の訪れを告げるから、

『天使』などと呼ばれることもあるな」


「天使……」


サイアスはその言葉をなぞりつつセラエノに貰った羽根を眺めていた。


「おや、お守りを貰ったのか。私は羽根ペンにしたが」


ヴァディスはそう言って笑い、話を続けた。


「さて次は内面の変化だ。こちらは典型的な症例が4つあってね。

 このうちのどれかを発症する例が頻回に見られる。

 無論中には複数併発する例もあるようだが。

 これらはそれぞれ『火・地・風・水の4症例』と呼ばれている。

 君や私に関係のある水以外は、極力あっさり流すとしよう。


 まずは火の症例。感情の抑制が効かなくなり、

 燃え盛る炎の如き激情に支配されあらゆる行動に影響を及ぼす症例だ。

 最前線で戦う兵士であれば、『狂戦士』と化すこともある。

 戦況次第では非常に有用だが、躁鬱が極端になることで

 平時は非常に扱い難くなってしまうな。


 二つ目は地の症例。これは火とは真逆で

 感情の変動が無くなってしまうのだ。凍てついた大地のごとく、

 どっしりと落ち着いた性格、といえば聞こえはいいし、

 実際軍師や指揮官には向いているが、感情の機微が判らなくなるから

 他者との間で見解の齟齬を招き孤立し対立することも多い。


 次は風の症例。脳裡に常に無数の思考や映像が取り留めなく去来して、

 前後不覚になったり、挙動不審に陥りやすくなる。

 頭の回転に舌が追いつかず呂律が回らなくなったり、

 端から見て突飛な行動を次々取ったり。例えば子供っぽくなったり、

 いわゆる『紙一重』な行動が目立つようになる。

 用い方次第ではあるが、集団行動させるのは

 危険を伴うと見ていいだろう。


 最後の一つは水の症例。これがいわゆる『眠り病』さ。

 魔や眷属というのは夜の生き物であり、

 また人のように一日単位で生きているわけではなく、

 もっと長い周期で生活しているらしくてね。

 そうした特徴に近づいていくため、まず朝起きれなくなり、

 次に毎日起きれなくなり、しまいには寝ている時間の方が長くなり、

 いつしか数百日に一度数週間起きる、といった具合に

 人の生の流れから逸脱していくことになる。


 先刻の言葉、覚えているか? あの言葉の通りになっていくのさ」


ヴァディスはそこで言葉を止め、厳かな調子で碑文の如き調べを紡いだ。



其は永久に臥す死者ならじ

死も朽ち果つる永劫を微睡みたゆたう者なめり

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