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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十六日目 その十一

「……何で驚かないかな。つまらないんだけど……」


サイアスとデネブが特に反応を返さなかったことに不服を覚え、

城砦軍師長セラエノは口をとがらせてそう言った。


「はぁ。驚いてはいますが……」


「嘘だっ!」


相手の思考が読めるセラエノは、そう言ってサイアスを断罪した。

サイアスは無表情のままセラエノを見つめ、


「というか…… これって」


サイアスはセラエノの側面を取り、ひょい、と純白の翼を掴んだ。

翼は微妙な温度と豊かな質感を具えており、サイアスはまるで

指で指先に触れているかのような錯覚を覚えた。


「ひゃぁぁぁあああ、放せ馬鹿ぁっ!」


「おー、本物なのですね。凄いな……」


とようやく素直に驚きを示した。


「てっきり飾りか小具足かと。失礼しました」


サイアスは特に悪びれもせずそう言って敬礼した。


「むむむ、好奇のまま、勝手気ままに振る舞うとは

 何たるお子ちゃま兵士長か……」


セラエノは完全に自分を棚上げしてそう言った。

デネブやお目付け役の軍師は必死で笑いを堪えているようだった。


「しかし本物と判ったら『羨ましい、欲しい』か……

 変わり者だね君は。まぁ悪い気はしないから許してあげよう」


セラエノはそう言って翼を数度はためかせてたたみ、ケープをかぶせた。


「ほら、これをあげよう。もっていきなさい」


そう言ってセラエノはサイアスに

手首から伸ばした指先まで程度の大きさの、綿毛付きの羽根を与えた。


「これは……」


「『セラエノの羽根』だよ。まぁそのままだね。

 お守りにでもしたらどうだい」


セラエノはふふん、とドヤ顔で言った。


「閣下。私が欲しいのは翼そのものであって、抜け毛では……」


「ぬ、抜け毛言うな、馬鹿ぁ! やっぱ返せ!」


「お断りします」


セラエノはサイアスの手から羽根を奪い返そうとした。

が、サイアスの回避技能の前には手も足もでなかった。

デネブと軍師が生暖かく見守るなか、サイアスは手にした羽根を

眺めつつひょいひょいとセラエノをかわし、セラエノはサイアスを

捕えようと必死でもがいていたが、やがて息を切らしてへたりこんだ。


「はぁ、はぁ、まぁ、今日、はこれ、くらいでか、勘弁しとくか」


「見れば見る程綺麗な羽根ですね。

 髪飾りにしようかな。ありがとう御座います」


サイアスは息一つ乱さず手にした羽根を満足げに眺め、

そう言って礼を述べた。


「……う、うむ、判れば、宜しい。

 寝すぎて体力落ちた。何とかしないと……」


徐々に回復してきたセラエノは再び受付に座ると、

水、水ー、と軍師に水を要求し、軍師ははいはい、と苦笑いしつつ

別室へ水を取りに行った。


「では閣下、我々はこれにて。ヴァディス殿を探しに行きます」


「ヴァディスなら書庫の隅っこで連合軍大法典枕にして寝てたよ。

 顔に落書きでもしてやろうかと近寄ったら鷲掴みにされて

 酷い目にあった。睡眠学習の邪魔するな、だって。

 君も気を付けた方がいい……」


「洒落にならないな…… 閣下の尊い犠牲は無駄にはしませぬ。

 細心の注意を以て対応します」


「うむ。 ……あーそうだサイアス君。

 グウィディオンを見て何か感じなかったかい」


セラエノは何気なく、ついでとばかりにそう問うた。

サイアスはセラエノが自分の前に現れた目的をようやく理解した。


「焼けつく焦土と凍てつく凍土。相反する二つを一つところに

 具えているような、そんな人物に感じました」


「成程ね…… 炎も氷も、ともに熱量の変象だ。

 本質は矛盾していない。例えば昼と夜のように同じものの

 二側面とも言い得る。 ……もっとも」


「人と魔、矛盾する二つの資質を内包した表象であった

 のかも知れないね」


「……」


「やはり一度平原に人を遣らないといけないかな。

 その時は君に行って貰おうかなぁ」


セラエノはほっそりとした手を口元に添え思案していた。


「何なりとお命じください。それでは失礼いたします」


サイアスとデネブはセラエノに敬礼して奥へと向かった。

セラエノは戻ってきた軍師の差し出す杯を手にしつつ、

ぼんやりと手を振っていた。



サイアスとデネブは通路を進んで大扉を開け、司令塔付属参謀部資料室

軍事資料展示閲覧所、通称「書庫」へと足を踏み入れた。

広さも高さもある大きな吹き抜けの広間の壁一面にはびっしりと

書籍や資料が安置され、あちこちの机では黒や灰色のローブを纏った

城砦軍師や軍師のたまごたちがそれらの書写に励んでいた。


サイアスは書庫に入室し司書に一声かけ、目的を告げて案内を受け、

書庫の奥へと進んでいった。入り口から遠い奥まった一角には

なぜだか人気がまるで無く、奥の机では連合軍大法典なる分厚くゴツい

書籍に持たれかかるようにして、濃紺と濃緑色のローブに紫紺のケープと

いう、これまた軍師長に負けず劣らず軍師らしからぬ

瀟洒な装いの女性がすぅすぅと寝息を立てていた。


それは一幅の名画のごとき見目麗しい光景であったが、そこかしこに

危険な香りが立ち込めていた。机の手元からは豊かな長い亜麻色の髪が

零れ落ち、ランプの灯で輝きつつ、比類なき美貌を半ば覆い隠していた。

軍師らしからぬことにその女性は腰に長剣を佩いており、突っ伏し

もたれつつ自然に垂らしたその右手は柄頭に触れるか触れないかと

いう位置で彷徨い、長剣の鯉口は半ば切られ、いつでも抜刀できる体勢を

整えていた。さらに極めつけはテーブルの中央に折って立てた紙。

そこには「寄らば斬る」と書かれていた。


「うわぁ……」


サイアスは思わず感想を漏らしてしまった。


「ん…… むにゃ…… まだ遠い…… 

 あと三歩…… ふふふ……」


夢か現か物騒な呟きを発しつつ、カエリア王立騎士団騎士にして

城砦軍師ヴァディスは、しごくご機嫌で微睡んでいた。

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