サイアスの千日物語 三十六日目 その十
ザッザッザッ。
本城西口から第四戦隊営舎へと、手に手に大物を携えた
人の群れが進んでいた。皆一様に額に鉢金をしめ、東方諸国風
のサーコートを羽織り、口を真一文字に結んで声一つなく進んでいた。
「おぃ大変だ! 何かしらんが攻めてきた!」
第四戦隊営舎の詰め所で、外を見ていた兵士の一人が叫んだ。
「何だ何だ!」
「さては討ち入りか!」
「ぬぅ、さては先日の報復か!?」
「何、だと……」
兵士たちは口々に騒ぎ立て盛り上がっていた。
「おぃデレク! お前、副長代行だろ!
何とかしやがれ!」
「ちょっ、おま、今何つった」
「うるせぇさっさといけ! マナサ様に言いつけるぞ!」
「ちょっ! それはやめて!!」
何故だかすこぶる立場の弱いデレクは、兵士たちに追い立てられるように
詰め所の大扉へと向かった。だが、着くか着かぬという所でバンッ、と
と大音を立て、派手に左右に別れて大扉は開いた。
「こちらは資材部! 建築改めである!!
各々方、頭上足元にご注意を!」
正面中央でスターペスが大音声で大見栄を切り、
その脇を大量の工具や資材を抱えた資材部の面々が
血走った眼で駆け抜け、御用だ、御用だ! と叫びつつ
硬直する兵士たちの狭間をぶつからぬよう次々と器用にすり抜けた。
「……あー、成程。 ……はいはい宜しくー」
デレクは流石の冷静さですぐに事態を把握し、
スターペスから書類を受け取り目を通した。書類は自身の
冷蔵箱の受注書とサイアスの居室改築に関する申請書であった。
北東区画での訓練を終え、ゴツい手土産を得て
本城大路を引き返すサイアスは、玻璃の珠時計を取り出し
時間を確認した。時刻はまもなく10時になろうかと言うところであり、
午後までにはもう一件ほど片付けられそうな具合だった。
サイアスは午前の最後に参謀部での要件を済ませることとし、
デネブを引き連れ前方の中央塔に併設された
参謀部の施設へと向かっていった。
「やほー。ここは参謀部だよ。たまには受付担当も楽しいね」
サイアスが参謀部の扉を開けると、すぐ脇の受付には純白のローブに
純白のケープという場違い甚だしい人物が鼻歌交じりで座っており、
サイアスらに声を掛けてきた。澄んだ女性の声だった。
「ふむ、サイアス君にデネブ君ね……
デネブ君? 君からは何だか懐かしい匂いがするなぁ。
あぁ、追求する気はないので気を悪くしないでね。
単にノスタルジーに浸っただけ」
純白の人物は金色の髪を指でくるくるといじりつつ、
手元の書類にサラサラと二人の名前や所属を記載した。
「入っていいよー。
……っとそうじゃなかった。御用件を伺えますか?」
純白の人物のあまりのマイペース振りに硬直していた
サイアスとデネブは、ようやくにして発言を許された。
サイアスは妙に軽いこの人物が、サイアスやデネブの情報を
面識なしに入手でき、要件の確認なしに入場許可を出せる
特殊な立場の者であると判断し、
「お初にお目にかかります、参謀長閣下。
本日は軍師ヴァディス殿に面会したく参りました」
と敬礼して述べた。金色の髪の人物は碧眼を輝かせ、
「鋭いねー、とても気に入った。
瞳も肌も同じ色だし、何だか他人の気がしないなぁ。
っと、流石に私もちゃんと名乗らないと、
お目付け役に泣かされちゃうな」
金髪碧眼の人物の脇には、状況に戸惑いつつ盛大に眉をひそめる
女性軍師の姿があった。どうも軍師には女性が多いらしい、
とサイアスはそんなことを考えていた。
「そうだね…… 男性で軍師の素質持ちは、そのまま騎士や騎士長まで
突っ走るケースが多いから。戦隊長級は皆軍師の目を持ってるよ。
ベオルク殿やデレク君も持っているね」
純白の人物はサイアスの思考と会話するかのようにそう言った。
「閣下、サイアスさんが戸惑われます、いたずらも程ほどに……」
脇に付いていた軍師が流石に見かねて声をかけた。
「あーはいはい。ごめんね? 悪気はないんだよ悪気は。
茶目っ気とかはあるんだけどねー」
風変りな白と金と青の人物は、
すっと立ち上がってサイアスらに微笑んだ。
「初めまして。城砦軍師長のセラエノです。
チャームポイントは背中の翼です。今後ともよろしく」
そう言うとセラエノはケープから露わになった純白の翼を
小さくパタパタとはためかせた。




