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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十六日目 その八

「戦隊長閣下に対し、敬礼!」


騎士ルメールがそう告げると、周囲に出張っていた第一戦隊員たちは

一斉に居住まいを正し敬礼をした。サイアスとデネブもまたそれに倣い、


「うむ、楽にせぃ!」


との上機嫌なオッピドゥスの声に、全員が一先ずは緊張を解いた。


「閣下。その…… 『化勁』とはいかなるものでしょうか」


ルメールはオッピドゥスにそう問うた。


「ふむ。おいサイアス! 『化勁』とは何だ!」


オッピドゥスはルメールに直接答えず、サイアスに問いを投げかけた。


「知りません」


サイアスは畏れも気負いもなくそう告げた。


「だよなぁ。まぁそんなもんだ。ガハハハハ!」


オッピドゥスは愉快げに高笑いし、

サイアスは在所全体が揺れ動くかのごとき錯覚を覚えた。


「まぁアレだ。理屈なぞ後付けで十分だということだ。

 っと、どら…… とぉおおうっ!」


オッピドゥスは吠え声を上げると通常の建物の三階から四階

といった高さに位置する在所の窓の枠を蹴り宙を舞った。

付近一帯に黒い影が過り、一同は呆気に取られてその様を見やった。

オッピドゥスはその巨体をしなやかにくるりと一回転させると、


ズゥウウン


と地響きを立てて大地に降り立ち、その場の誰もが揺れを感じた。

着地音の余波で一同が硬直している中、オッピドゥスは

よっ、とサイアスに手を上げ、サイアスは

オッピドゥスに改めて敬礼をした。


「お前、着実に戦力指数が伸びてるなぁ。俺の見立てじゃ

 ほぼ6ってとこだ。技術面がよく伸びているようだ。

 今日はうちの連中の我がままに付き合せてすまんな!

 こいつら例外なくガタイは良いんだが、ウデの方はそれなりだ。

 しかし非常に真面目でな。常に向上心克己心に溢れてやがる。

 まぁひとつ大目に見てやってくれ!」


戦力指数とはつまるところ、フィジカルとテクニックの乗算であった。

また、フィジカルの高さを最優先する第一戦隊にはずば抜けたテクニック

を有する者は少なく、逆に第二戦隊では一芸に秀でた技巧派が多かった。

そして両者から選りすぐる第四戦隊には、総合能力の高い者が揃っていた。


「こちらこそ、得難い機会を頂いています。

 一言でいえば楽しいです」


サイアスはそう言って頷き、デネブもまたコクコクと頷いていた。


「ほぅ、そいつは良かったぜ! 

 んじゃいい機会だ。お前ら全員、まとめて講義してやろう。

 今日のお題は『化勁かけい』だな。」


「『けい』というのは力の向きのことだ!

 矢印みたいなもんだと思え! ものを動かすとき、

 動く方向に向かって出ているであろう矢印をそう呼んでいる。

 要は膂力を可視化したものだと捉えておけ!」


そう言ってオッピドゥスはサイアスが頭を斬り飛ばした

鑷頭の模型の残りを引っ掴み、ぶつりと丸太を一本

引きちぎって右手で持った。


「例えば右手に持ったこの丸太を水平に左に動かしたなら、

 矢印は左に向かって出ている、とそう考えてみろ」


オッピドゥスは右手に握った丸太をさっと左へと動かした。

ブンッと音がして丸太は左へと突きだされ、想像するまでもなく

残像が既に矢印に見えた。


「それで、だ。おいちょっとスクトゥム寄越せ!

 おぅそいつだ。これをこうして、と」


オッピドゥスは人の身長の八割程度の大きさを持つ、

縦長の長方形の盾、スクトゥムを左手に持ち、右手の丸太で

左手のスクトゥムを突いた。グヮングヮンと派手な音が辺りに響いた。


「今丸太が盾を攻撃してるわけだが、これは盾という目標に

 左向きの矢印をぶつけてる、とも見ることができる」


丸太も盾も特大で、しかも高速で派手にガスガスぶつけるため、

実際に矢印が叩きつけられているかのように

その様を見つめる者には映っていた。


「『勁』の正体については、これでひとまず理解できたな?

『化勁』というのはだ、この迫りくる矢印に対して

 自分の側から別の矢印をぶち当てて、

 相手の矢印の向きを変えちまうこと。つまり

『勁を化かす』という意味だ!」


「例えば突っ込んでくる矢印を真正面から受けた場合、

 普通は『強い部分』でぶち当たってくる矢印の側が勝つ訳だが」


オッピドゥスはそう言ってスクトゥムの底を地に付き立て、

気合を発して丸太をぶち当て原型なきまでに粉砕し吹き飛ばした。


「やっちまった…… おい新しいスクトゥムを寄越せ! 

 ……うむ、続きだ! これに対し、

 突っ込んでくる矢印に逆方向の矢印をかすらせると、

 突っ込む矢印の勢いを殺しつつ労せず側面を取ることができる」


オッピドゥスは丸太に対して僅かに角度を付けたホプロンをあてがい、

丸太のみを動かした。丸太はホプロンをこすりつつ進み、ホプロンは

丸太に水平となってこすれ、側面を通過した。


「これが所謂『盾滑り』だ! 

 無論実際にきめてのけるには、相応の技術が必要だぞ。

 今は原理のみ説明しているから、至極簡単に聞こえるがな」


耳目を研ぎ澄まし学びに入っていた一同は、感嘆し何度も頷いていた。


「二度目の宙を舞ったヤツも、根本は同じだ!

 向かってくる矢印に斜め後方へ引っ張る矢印を当て、

 元の矢印を新たな別の矢印に変化させて、その上で

 その矢印に盾滑りをして宙を舞い側背を取り、

 勢いそのままに首を飛ばしたのだ。

 鑷頭は自らの仕掛けた攻撃をほぼそのまま、

 自ら食らうことになった訳だな。

 さらに反撃が剣聖剣技とくりゃ、

 そりゃあ丸太三本でもまとめて吹き飛ぶ!


 ここまで来ると、もはや一握りの達人の領域だ!

 サイアスの場合は回避技能がずば抜けている。ゆえに盾はあくまで

 補助的に使い、実際は回避技能で『化勁』を成立させているわけだ。

 盾の打点を支点として回転し敵の側背を取り、場合によっては

 敵の勢いそのままに反撃に繋ぐ。反撃込みで言うならば、

 彼と我の気勢を合わせ、新たな気勢を生み出す技法、

 すなわち『合気あいき』と呼んだ方がしっくり来るな。

 ともあれこいつはサイアス独自の特殊技能といって良いだろう。

 うむ、人呼んで『サイアスロール』ってとこだ!」


オッピドゥスは高らかにそう言うと、ニヤリとサイアスに笑ってみせた。


「どうだお前たち! 

 これが『化勁』や『合気』と呼ばれるモンだ! 判ったか?」


オッピドゥスは配下に向かってそう吠えた。


「ハッ。判ったような判らぬような…… とにかくそんな感じです!」


騎士ルメールは実直無比にそう答え、他の面々も頷いていた。


「うむ! まぁそんなもんだな! ガッハハハハハ!」


オッピドゥスは実に楽しげに身体を揺すって爆笑し、

一同も顔を見合わせ大いに笑った。

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