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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十六日目 その七

原寸大の鑷頭の模型を操作する数名の兵士たちとの

打ち合わせを終え、サイアスは騎士ルメールの方へと歩み寄った。


「これより鑷頭には連続攻撃を行ってもらいます。

 先刻の突進に続けて尾による薙ぎ払い、または長い

 顎を振り回しての横殴りの噛みつきです。こちらとしては

 まず先刻と同様の挙動を行い、続けてさらなる技法で回避します。

 ……今なら先日はできなかった反撃にまで繋げられそうですが、

 如何しましょうか」


サイアスはそのように説明し意見を求めた。


「ほぅ、間断なく攻撃に繋げられるのであれば、

 是非とも見せていただこう。目標は高い方が有難い」


「……その、うっかり模型を破壊してしまう可能性が」


サイアスはどことなく申し訳なさそうにそう言った。


「ふむ? ……その模型は大物の丸太を三本束ねて加工したものだ。

 なまなかなことで破壊には至るまい。存分に刻んでくれたまえ。

 むしろ剣を折らぬよう、十分注意して欲しい」


サイアスの意図を測りかねたルメールは、嫌味でも何でもなく、

純粋にサイアスに恥をかかすまいという真摯な意図でそう告げた。


サイアスの意図とは実のところ、デネブと同様で

掛かり稽古のごとく皆で挑んでいく第一戦隊の訓練形式が楽しくなり、

ちょっと色気や茶目っ気を出したくなったという程の事なのだが、

そうした機微を理解するには、第一戦隊の騎士ルメールや

第一戦隊教導隊の面々は、揃いも揃って真面目すぎた。

いやむしろサイアスが、デレクや馴染みの兵士たちが見せる

第四戦隊特有の悪ノリに毒されつつあるだけかもしれないが。

ともあれサイアスは、こうした気風も戦隊によって違うのだな、

と一人でしきりに納得していた。



(Rock'n Roll aRound!)


デネブは帳面に謎のコトバを書いて見せた。本当に古代語なんだろうか、

とサイアスはそれを見てクスリと笑い、鑷頭の模型へと向き直った。

肩幅立ちからやや右足を下げ左構えとなり、両膝は自然に撓め重心を下げ、

左手のホプロンはその縁を鑷頭の中心線に合わせ、

右手の八束の剣は数度旋回させ切っ先で鑷頭を捉えてピタリと止めた。

それはバックラーで用いた「矢の構え」の応用であり変位形であった。


「む……」


既に多くの敵を屠ってきたサイアスの剣気は、

尋常ならざる水準に達していた。流石にルメールが表情を引き締め、

兵士たちもまた只ならぬ気配を感じ居住まいを正し、見守っていた。

いつの間にか、方々で賑やかに練兵していた他の小隊も

固唾をのんでサイアスの動きを注視していた。


「……どうぞ」


サイアスは抑揚の無い声で操作役の兵士らを促した。

兵士らは合図とばかりに一声上げ、次いで原寸大の鑷頭型の台車を

鉄風雷火の如く轟然とサイアス目掛けて突撃させた。


「……」


サイアスは先刻と同様、まずは無難に盾を合わせ滑らせて、

鑷頭の側面を取ってみせた。そしてここからが此度の見せ場だった。


鑷頭は前掛かりに突っ込んだ勢いを前肢で留めて身体を振り、

突撃の勢いを太く長い尾へと宿して尾撃でサイアスを薙ぎ払いにかかった。

鑷頭の身体の後半部位は時計周りに大きく旋回、鈍く風を切り、

しかし鋭くサイアスに襲いかかった。サイアスは薙ぎ払いが迫るのを

横目に見つつ、滑らせたホプロンを鑷頭の後頭部へとあてがうと、

そのままふわりと宙を舞った。そして鑷頭の激しい挙動に押し出される

ように宙を進み、側転気味に旋回してくるりと反対側面へ降り立った。

さらに右、左と地に足を付ける動きに合わせ、旋回運動と腕の振り、

手首の捻りで手早く八束の剣の裏刃を掬い上げ、

剣聖剣技・旋の裏をきめてのけた。


シュカッ、と鋭い音が響き、鑷頭の頭部が斬り飛ばされ、

グァランと地に落ち三つに割れた。サイアスは間合いを取り

暫し分かたれた鑷頭の胴と頭を見つめ、その後静かに息を吐き剣を払った。



「こ、これは…… これは一体何事だ……」


まるで予期せぬ大技の連続にルメールは暫し思考を失っていたが



「今のは『化勁』だ。『合気』ともいう。

 続く一撃は剣聖剣技『旋』だ」



と大音声が響きわたり、一同は慌てて声のした方をみやった。


「おいサイアス! たった数日でさらに強くなったな!

 これは俺もウカウカしておれんぞ! ガッハハハハハハッ!」


在所の二階らしき部位にある大窓から、オッピドゥスがその身を乗り出し、

楽しげに巨体を揺すりながらサイアスらの様子を眺めていた。

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