サイアスの千日物語 二十六日目 その十一
城砦騎士団における兵士には、大別して三つの階級があった。
それぞれ『新兵』『兵士』『兵士長』と呼ばれていた。
入砦した補充兵及び志願兵は、例外なく城砦兵士としての
基礎訓練を受けることになっていた。期間は最長20日ほどで、
訓練期間の終了後、補充兵は『新兵』として実戦配備された。
そしてそうした新兵のうち、実戦を経験し生き残った者が
『兵士』とされていたのだった。
一方、志願兵は訓練期間終了後、即、兵士として
配備され、主に新兵の指導役を担っていた。
『兵士長』はこれら新兵及び兵士の長であり、
概ね10名前後を率いた。もっとも城砦兵士全体の
死傷率が高いため、兵士長の下に数名しかいない、
などということも多かった。
上記兵士群で構成された部隊を束ねるのが城砦騎士団における
『騎士』であり、概ね30~50名前後の兵を統率した。
騎士は兵士とは別の独立した階級で、兵士長が
騎士へと昇格するとは限らなかった。
城砦騎士団における騎士は、各国騎士団における騎士とは
存在を異にしていた。城砦騎士には何よりもまず、個としての
強さが求められたのだ。騎士は最低でも兵士10名分以上の
戦闘能力を有し、眷属の群れに単騎で対応できる強者への称号であり、
騎士長は魔と渡り合える程の可能性すら秘めた英雄的存在への
尊称であった。城砦兵士の間では、束になっても適わないのが騎士、
人の域を超えているのが騎士長、などとも言われていた。
「君の決断した道行きを、
変えることも代わってやることもできないが」
ラグナは言った。
「せめてこれくらいはさせて貰うさ。捨て駒にはさせん。
玉石混交の兵の群れの中、理不尽な命令の下屍を晒す……
そういった機会は減るだろう」
「ラグナ殿、ここまでしていただけるとは……
誠にかたじけない」
ベオルクがラグナに頭を下げた。ベオルクの当所の狙いは
志願兵として城砦兵士の階級につけることだったが、
それが遥かに良い形となったことに、深い感謝の念を抱いていた。
サイアスもまた、深々と頭を下げた。
それより他に感謝を示す術を知らなかった。
ラグナは面を上げさせ微笑んだ。
「いいさ。後事を託すに足る逸材なのだから。
ただ、流石に城砦騎士にしてやることはできない。
城砦騎士は純然たる強さの証明だからね」
「城砦騎士は一言でいえば英雄さ。城砦兵士とはまるで違う。
お父上やベオルク殿のようになるには、ひたすら精進するしかないぞ」
「はい」
サイアスは決意も新たに頷いた。
「その意気だ」
ラグナは笑顔で答え、ベオルクに一礼した。
「サイアス、いずれまた。
城砦騎士となった君に会えるのを、楽しみにしているよ」
ラグナは以前と同様、片手を上げ、振り返ることなく、
部下たちの下へと去っていった。
「良い御仁と出会えたな。サイアス」
ベオルクはラグナを見送りつつ言った。
「はい。 ……いつかこのご恩に報いたいです」
ベオルクはサイアスを促し城砦の門へと歩き出した。
「ならば生き抜くことだ。生き抜き、勝ち抜けば
そういう機会もあるだろう」
「ベオルク様にもいつかご恩をお返しします」
ベオルクは楽しげに笑った。
「私へ恩を返すなら、その方法はただ一つだ。騎士となり、
さらに騎士長となってくれ。私は副官として君に仕えよう」
騎士ベオルクは護衛兵の敬礼を受けつつ城砦の門を
くぐった。サイアスもまたそれに従い、城砦入りを果たした。
サイアスの城砦での長き戦いは、こうして始まりを告げたのだった。
これにて人智の境界・第一部「サイアスの千日物語」のうち
第一章にあたる部分が終了しました。
第二章にあたる部分へ進む前に、次回から数度、断章として
世界観や用語の説明を兼ねた小話を投稿する予定です。
本編とはやや毛色の異なる内容となりますが、あくまで断章として
お楽しみいただければ幸いです。