サイアスの千日物語 三十六日目 その五
城砦内郭の北東区画は、他の区画に比べてかなり狭かった。
実際の敷地面積は他の区画と同じだが、人員数が最も多いため
営舎の占める割合が大きいのが最大の要因であった。
もっとも、他にも色々見え隠れするものはあった。
営舎以外の要因としては、広場中央の謎の建造物だ。
扉を含め全てが通常の数倍規模で構築された講堂規模のそれが
他の区画でいえば広場の中枢にあたる場所に鎮座しており、
その建造物とそこから四方に走る舗装路が
広場を激しく圧迫し分断していた。
「あの遺跡のような建造物は……」
サイアスは例によって、思った通りを口にした。
「あれは我らが戦隊長、オッピドゥス閣下の在所だ」
第一戦隊教導隊の兵士は
至極当然と言った風にサイアスにそう告げた。
「閣下は我々の営舎では寛げないのでな。
平原に居た頃は随分苦労されたらしいが」
以前サイアスが第四戦隊の詰め所で出会った折は、
他の戦隊長の発する威圧感で全員が大きく膨らんでみえていたが、
オッピドゥスはもともと普通に特大だったのだ。幹部衆来訪の折、
兵士たちがこぞって食堂に避難していたのも、実際は幹部の
威に打たれてというより、単に窮屈だったというだけかもしれない、
などとサイアスは不遜なことを考えていた。
成程そういう視点で見てみると、大量の武装した兵士が
常に往来する城砦は縦にも横にも通路や建物の規模が大きく、
平原の都市部などに比べれば随分過ごしやすいのだろう。
全力で暴れて壊してしまっても構わない装備や外敵にも恵まれ、
ここはきっとオッピドゥスには、ある意味理想の職場に違いなかった。
内郭北東区画が狭く感じる要因は他にもあった。
そこに集う兵士たちの有様だ。皆一様に大柄な上、全身をくまなく
装甲で覆っており、しかも大盾を手に、がっしゃがっしゃと
賑やかにあちこち動きまわっていた。
さらに第一戦隊の隊員たちは第四戦隊と異なり規則正しい
勤務形態を持ち、加えて揃って勤勉な上訓練好きなようで、
就寝中の者以外は日中も広場に出て熱心に練兵に励んでいた。
方々で鉄塊のごとき集団が隊伍を組んで声を上げ、
その圧迫感たるや凄まじいものがあった。
サイアスとデネブは教導隊に連れられてそうした喧噪を抜けて進み、
オッピドゥスの在所の南手前辺りでその歩みを止めた。
そこでは教導隊の残りの面々がサイアスたちの到着を待っていた。
「よく来てくれたサイアス殿。第一戦隊教導隊を預かる
騎士ルメールだ。急な話で済まなく思う。ここの所、
貴殿の空き時間を探していたのだが、我ら以上の忠勤ぶりを
以て働き詰めでおられたのでな。休養が開けた今日が好機と
手の者に迎えに行かせたのだ」
「初めましてルメール様。お手数をお掛けしたようで恐縮です。
して私に御用件とは如何なることでしょうか」
「うむ、我ら第一戦隊が本城砦における防衛に関する全権を
担い、日々任務に当たっていることは貴殿も承知のこととは思う。
我々は一人の例外なく重装し大盾を最低でも一枚、場合によっては
両手それぞれに盾をもって戦闘任務に当たっている。
そのため盾の扱いについては日々修練を重ねているのだが」
騎士ルメールは一呼吸置いてさらに続けた。
「先日の城砦北門前の戦闘において、貴殿が盾を用いた
特殊な挙動を取っていた、との噂を聞き及んでな。もし我々の
あずかり知らぬ技であるならば是非ともこの眼で確かめ学び取り、
戦隊全体の教導へと活かしていきたいと考えているのだ」
「特殊な挙動……
北門前というと、鑷頭との一戦のことでしょうか。
あれはかなり条件が限定された中でのものなので、
参考になりますかどうか……」
「大丈夫だ。間違いなく参考にはなる。そして先日と同条件を
用意すべく、既に準備を整えてあるのだ」
そういうと騎士ルメールは配下に頷き、配下はいずこからか、
巨大な木材を束ねて加工し車輪を付けた、鑷頭の模型らしき物体を
台車のごとくに押してきた。また別の配下は台車に古今東西の
ありとあらゆる盾を積んで現れ、サイアスに好きなものを選ぶよう告げた。
「我々は城砦近隣から動かぬため、実際に鑷頭と
戦闘に至ることはほぼ無いといって良い。が、眷属の
大半は人型ではなく、自然、対人戦で用いる盾の手法は
使用困難になることも多い。そのため対眷属用の盾の
技法を常に貪欲に研究しているのだ。サイアス殿、
鑷頭戦で貴殿の見せた秘技、是非ともご教示願いたい」




