サイアスの千日物語 三十六日目 その四
「さて、スターペス様。実はもう一つ、
重要なお願いがあるのですが。一度にこんなにお願いをして
大丈夫でしょうか。日を改めた方が良いですか?」
サイアスは通常業務に割り込む形で依頼していることを
気にかけ、やや躊躇しつつそう言った。
「何を仰いますかサイアス様。仕事は多少溜まっているくらいが
最も職人にとって健全なのです。次の仕事の心配をせずとも
良いということですからなぁ」
スターペスはそう言って笑ってみせた。
「そうですか、では……」
サイアスはスターペスに改築の件を話すことにした。
「ふむ、上官の許可が得られておるなら、特に問題はございますまい。
第四戦隊兵士長の居室でしたな、確か間取りは……」
スターペスは大判の製図用紙に奇妙な形状の定規を当てがい、
スイスイと居室の見取り図を描きだした。描かれた図面は
寸分たがわず居室を再現しており、端々に書き込まれた数値で初めて
自室の寸法にサイアスの理解が及んだほどだった。
「概ねこんなものですかな。して両隣もやはり
兵士長の部屋であればこうか」
スターペスは図面の居室の両隣にまったく同じ居室を描いて見せた。
「これで宜しい。さてどのように改築なさいますか?」
サイアスはスターペスの早業に舌を巻きつつも、自身の要望を伝えた。
「せいぜい2、3人向けの簡易応接室に
倍以上の人が集まるようになったので、隣室との壁を取り払って
応接室を大きくできないものかと」
「ふむ、成程…… 単に壁を取り払っただけでは
浴室が邪魔になりますな。また壁が支柱を兼ねているため
強度が著しく低下します。水回りの調整や新たな支柱の導入、
ついでに浴室も大きくし応接セットも新規に導入して……
サイアス様、かなりの勲功を要することとなりそうですが」
スターペスは言い難そうにそう言った。
「勲功5万で何とかならないでしょうか?
もう少し上乗せもできますが」
「!!!!?」
スペータスはクワっっと目を見開き、すくっと椅子から立ち上がると、
「手空きのものはすぐ集え! 特務であるッッ!!」
と大声で呼ばわった。ザザザッと音がして、
資材部の方々から職人たちがもの凄い勢いで駆け付けた。
「整列! 点呼!」
兵士顔負けの規律を以て瞬く間に整列し点呼が行われ、
「確認! 12名! 非番の7名もすぐに到着します!」
との報告がなされた。
「多いな。お主らそんなに暇か…… まぁ多い分にはよし!
聞くがよい! こちらにおられるサイアス様から、居室改築の
依頼が入った。難度は高いが報酬は破格! 勲功5万であるッッ!!」
ウォォオオオオオオオオッ!
職人たちは吠え騒ぎどよめいた。
「サイアス様や四戦隊の皆様の職務に支障を出すわけにもいかん。
戦陣構築法を用いる! 昼までに仕上げるぞ!
者ども掛かれぇぇぃ!!」
応ッッッ!!!
職人たちは電光石火の挙動を以て各自作業を開始した。
サイアスは呆気に取られ、デネブは硬直してその様を見ていたが、
「サイアス様、作業は午前中には済ませます。午後には居室で
お食事をお楽しみ頂けるでしょう。それまで暫しのご猶予を」
スターペスはそう言って大仰に一礼した。
サイアスは戸惑いつつも笑顔を返し、デネブと共に
熱気立ち込める資材部を後にした。
資材部を出たサイアスは、厩舎に立ち寄ってクシャーナを探した。
すると今日はクシャーナがいたために再会を喜び合い、クシャーナと
デネブを引き合わせてしばし談笑した。クシャーナとデネブは共に
言葉を語らぬもの同士であったが、それゆえかすぐに打ち解けた。
カエリアの実を分け合いつつ暫し楽しいひと時を過ごしたサイアスは、
厩務員に訓練に関する諸情報、空馬の有無や訓練可能な時間帯等を確認し、
一通り書き留めるとデネブとともに工房を目指して目貫通りを南下した。
サイアスとデネブが中央塔の手前にたどりつき、
いよいよ東へ折れようと言うとき、兵士の一隊が現れ、声をかけてきた。
いずれの兵士も重装で左手には大きな盾を持っており、防備に比して
武装は甘く、細身の槍に剣一振りといった有様だった。
「サイアス殿だな。我らは第一戦隊の教導隊だ。
すまんが少し時間を貰えぬだろうか」
サイアスは兵士らに促され、中央塔を超えて東進し東口を出て、
これまで立ち入ったことのない内郭の北東区画、
第一戦隊の営舎前広場へと向かうことになった。




