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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
204/1317

サイアスの千日物語 三十六日目 その三

西口から本城へと入り中央塔で北に折れ、

サイアスとデネブは資材部を目指した。前回同様

資材部の大扉は開け放たれており、サイアスとデネブが近づくと

中から警備の兵士がやってきた。


「いらっしゃい、ここは資材部…… 

 っとあんたはサイアスじゃないか。よく来たな! 

 あんたのお蔭でここの連中愛想良くなってなー。仕事しやすいわ」


警備の兵士はそういって笑い、中へ向かって声を上げた。


「おーい、お客だぞ! 上得意だ!」


中で作業に当たっていた人々は一斉に入り口へと視線を注ぎ、

サイアスの姿を認めると


「いらっしゃいませー!」


と声を揃えて挨拶をした。サイアスは戸惑いつつも会釈を返し、

奥から小走りでやってきた責任者の男性に向き直った。


「おぉサイアス殿、よく来られた。先だっては名乗りもせず

 失礼いたした。私はここの責任者のスターペスです。

 今後ともよしなに」


「こちらこそよろしくお願いします。スターペス様。

 先日は素敵な冷蔵箱をありがとうございました。

 たいそう気に入り愛用しております」


「おぉ、おぉ! そうですか! いや有難いことです。

 あの後ブーク閣下をはじめ騎士会の皆様から同じものをとの

 注文が相次ぎましてな。お蔭で若手はやり甲斐と小遣いを同時に

 手に入れ、見ての通りすっかり快活になりました」


スターペスは手を広げて周囲を示した。

周囲では作業に当たる兵士や職人が

ニコニコしながらサイアスの方をチラ見していた。


「そうですか。お役に立てたのなら良かったです。

 冷蔵箱なのですが、実はうちの戦隊のデレク様からも注文を

 言付かっております。お引き受けいただけますか?」


「おぉ! 勿論ですとも。早急に手配いたしましょう」


スターペスは脇に控えていた職人に頷き、

職人は早速準備に飛んでいった。


「サイアス殿、他に何か御所望のものはございますかな」


「えぇ、数件お願いしたいことがあるのですが」


「何なりとお申し付けいただきたい。

 ささ、こちらにお掛けくだされ」


スターペスはサイアスを資材の切れ端を巧みに組み合わせた

前衛的な様相の応接セットへと案内した。奇抜な外見に似合わず

居心地は抜群であり、サイアスとデネブはゆったりとくつろいだ。


「すぐに茶なぞお出ししますぞ。

 してご用件とは如何なるものですかな」


「はい、一つ目は我が配下に加わってくれた年少の衛生兵見習いに、

 専用の机を用意してやりたいのです。学習のみならず調合等の

 作業もできるものが良いのですが」


「成程、年少ということであれば、椅子と天板に高さの調整機構を

 取り付けて、成長に応じて変更していくのが良いでしょうな。

 早速手配いたしましょう。勲功500にて

 気の利いたものをご用意しましょう」


「お願いします。二つ目ですが、居室用に置時計が欲しいのです。

 寝室と応接室に一つずつ。何とかなりませんでしょうか」


「置時計でしたら騎士用の居室に設置しておりますので、

 そちらを再設計してお届けしましょう。冷蔵箱同様、家紋入りにて。

 こちらは機構が複雑ですので元値が少々張りますな。

 二つで勲功4000と言ったところですが……」


「お願いします。 ……まだあるのですが、構いませんか?」


「おぉ! 勿論でございますぞ。

 さぁ何なりとこのスターペスめにご用命くだされ」


いつの間にやら貴族とお抱え商人とのやりとりになっていたが、

周囲に気に留める者はいなかった。むしろ飛び交う勲功はすなわち

我が身の報酬ともなり得るため、興奮を押し隠すのに必死となっていた。


「資材部でお願いすべきかどうか、迷ったのですが……

 実はルースを貰ったのです。サファイアの。

 できれば常に身に着けておきたいので、

 装身用の土台を付けたいのですが」


サイアスはそう言ってニティヤから貰ったサファイアを取り出した。

眩くも深い青の輝きが溢れ、スターペスは感嘆の声を漏らした。


「……サイアス殿。

 実は私の父はフェルモリア王家お抱えの彫金師なのです。

 今はこうしておりますが、私も若い頃は親方たる父の下で、

 それはもう、連日連夜しごかれましてな…… 

 今にして思えば、苦しくも楽しき日々でした。そうした機会は、

 もう二度と訪れることが無いと思っておりましたが……」


スターペスはそう言って目を閉じて想いに耽り、

やがて顔を上げ宙を見やり、そして頷いた。


「この役目、余人に任せることはできませぬ。

 わが生涯最高のひと品、お目に掛けとうございます。

 お代はいただきませぬ。何卒私めにお命じくだされ」


スターペスは自分より30は歳若いサイアスに深々と頭を下げた。


「そこまでお申し出くださるのであれば、この至宝、喜んで

 スターペス様にお預けいたしましょう。ただし条件があります。

 それ程の覚悟で仕事をしていただくのに無償でなどと、

 無礼なことはできません。些少ながら勲功1万、

 受け取っていただきます。それが条件です」


サイアスはそう言って羅紗の袋にサファイアを戻し、

スターペスに手渡した。スターペスは肩を震わせつつ、


「サイアス様は職人にとり、まこと誉れとすべきお客人ですな。

 しかと拝命いたします。青の宝玉、しばしお預かりいたしますぞ」


スターペスは恭しくサファイアを受け取り、手持ちの小箱に仕舞い込んだ。

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