サイアスの千日物語 三十六日目 その二
デネブに紅茶のお代わりを求めたサイアスは
一旦書斎兼寝室へと引き返し、すぐに筆記具を持って戻ってきた。
「また寝る気かと心配したわ……」
ロイエが安堵したようにそう言った。
「ん? 無い無い。一旦目が覚めてしまうと、
何故だか全く眠くないんだ」
そう言ってサイアスは羽ペンを執務用紙に当てがい
サラサラと何事か記述し始めた。
「まず、私は今日、訓練課程には参加しない。
教官宛に書状を2通用意するから、午前と午後で渡しておいて」
サイアスは言い終わるが早いか2通目を書き始め、
インクの渇きを待って一通ずつ丸め、紐で縛った。
「何よ。サボるの? いい度胸してるわね……」
ロイエがそう言って渋々書状を引き取った。
「資材部と工房、それと参謀部を回ってくる。
講義なら参謀部で直接聞いてくるよ」
「あー、普通に仕事かぁ。判ったわ!
デネブとニティヤはどうすんの?」
(護衛します)
デネブは護衛としての使命に目覚めたらしく、
頑としてその意志を曲げる気はないようだった。
「訓練課程なんて知らないわ。
今後も出ない。興味ないもの」
ニティヤはにべもなくそう言った。
もっともマナサ同様特殊な技能や任務に携わるため
一般兵の訓練に参加する意味がないとも言えた。
「あー、無茶苦茶だわこいつら……
ラーズ、あんたも無茶苦茶言うつもり?」
「おぃおぃ、失敬だな。
俺ぁこん中じゃ間違いなく常識派だぜ?
良心と言ってもいい位だ。とはいえ俺も、訓練自体は
どうでもいいんだがな。まぁシェドとランドの様子でも見てくるわ。
あいつら以外にも色々影響でてそうだしな」
「なるほど、確かにねー。じゃあ今日は
私とベリル、ラーズで訓練過程に参加してくるわ。
昼は食べに戻るから!」
「了解した。とりあえず何か食べたい。
流石に空腹だ……」
そりゃそうだ、とサイアスは一同から生暖かい視線で頷かれた。
「何? 改築したい?」
サイアスはデネブを伴って詰め所を訪れ、
書類仕事をしていたデレクに相談し、
デレクはサイアスに問い返した。
「兵士長用の居室の簡易応接室が
すっかり溜まり場になってしまったもので」
サイアスは肩を竦めてそう言った。
単なる溜まり場どころかデネブの居室でもあり、
さらに物置にはニティヤまで住み着いているのだ。
改築の申し出はむべなるかなといったところだった。
「なんなら騎士用の居室に移るか? 家一軒分の広さがあるぞ」
「いえ、流石にそれは。それに騎士用の居室では
連中も溜まり場にし難いでしょうし」
「えっ?」
「えっ!?」
周囲の兵士たちが不思議そうな顔をしていた。
デレクはそれを見てため息交じりに笑っていた。
「お前らは騎士への敬意とか全くないよなー。まーいーけど」
「だってお前、身近な騎士がデレクと副長じゃあ、なぁ?」
兵士はサイアスにそう言った。
「私に同意を求められても困ります」
サイアスはさらっと受け流すことにした。
「汚いな流石歌姫汚い」
「顔と声が綺麗なら良いでしょ」
「うわ開き直りおった! どうすべぇ!」
サイアスはすっかり兵士たちと打ち解けていた。
「どーもしねぇよ…… ま、いーや。やってよーし」
デレクは苦笑しつつ適当に返事し、自身の書類に目を落とした。
「規模とか制限とか、そういうのは」
「お前、あの辺一帯好きに使えって言われてたよな、確か。
んじゃ好きにやれー。ヒゲ親父の慌てた顔も見たいしなー」
「ふむ、そう言われるとそんな気もしてきました。
では適宜進めます」
「うむ。 ……あ、そうだ。
資材部行くなら俺の分の冷蔵箱頼んどいてくれー
俺もあれで酒を冷やす」
「そして俺らがその酒を飲む」
間髪入れず兵士たちが続いた。
「ふざけんな俺のだ…… 持ち込みは許可するぞー。
まぁいいや。いってらー」
デレクは書類に目を落としたまま笑ってそう言った。
「了解です。いってきます」
サイアスも楽しげに返答し、
敬礼して詰め所を後にし資材部へと向かった。




