サイアスの千日物語 二十六日目 その十
「さてサイアス、入砦に先立って話しておきたいことがある」
ベオルクはサイアスに語りかけた。
「君の立場についてだ。通例城砦へ来る人員の大半は、
国家連合の定める兵士提供義務に基づく補充兵だ。
これについては既に知っているだろう」
サイアスは頷いた。
「補充兵は数の面で不可欠な存在だが、練度と能力には不満が残る。
そこで城砦では志願兵を募り、補充兵より優遇して扱っている。
ただし志願すれば誰でも優遇される訳ではない。
技量や軍歴の有無によって篩いにかけ、基準に満たない者は
勲功を加算した補充兵としている」
「勲功は城砦兵士にとって命の次くらいに大事なものだ。
装備提供や訓練受講、休暇申請や昇進認定等、様々な用途で使用される。
城砦内の様々な施設を利用するにも勲功を使うことになる。
評価と通貨、両方の役割を兼ねているわけだ」
「さて話を戻そう。志願しても志願兵として扱われるわけではない、
というのは判ってもらえたかな」
「はい」
「うむ。 ……君はライナス隊長の遺志を継ぎ、千日の猶予を待たず
騎士を目指し村を守ることを決意した。気高く貴い決意だ。
私は何とか便宜を図り、亡き隊長の恩義にも報いたかった。だが」
ベオルクはやや声を落とした。
「君には技量や軍歴がなかった。極普通の村人、しかも少年だ。
このままでは崇高な決意にも関わらず、志願兵ではなく補充兵として
扱われることになってしまう。そこで…… 」
「人員ではなく、物資を輸送する部隊に預けたのさ」
いつの間にかやってきたラグナが続けた。
「城砦に駐留中とはいえ、私たちの所属はカエリア王国だ。
カエリア王立騎士団の一員として行動を共にすることで、
入砦前に箔をつけようとしたのだよ」
「私も君の決意に感銘を受けたのでね、
出来る範囲で協力させて貰うことにしたのだが」
ラグナは肩をすくめた。
「まさか実戦経験まで積ませることになるとは思っていなかった。
しかも眷属を一体斬っている。国許に連れて帰りたいくらいだよ」
「そうだったか…… 見事だサイアス。ライナス隊長も鼻が高かろう」
ベオルクは相好を崩した。
「しかし、ヴァディス殿から上層部へ報告が上がっていますが……
魔が絡んでいたとか。厄介ですな」
「確かに。眷属の襲撃はともかく、魔が糸を引いて輸送部隊を
狙わせるのは、かなり稀な例でしょう。強い魔ほど、
輸送の邪魔はしませんから」
魔にとって、中央城砦は貴重なエサ箱であり狩場である。
小腹が空いたからとて輸送物資を襲えば、
肝心のエサ箱が空になるだけだ。
「北往路の障害物は、翌朝にも工作部隊が撤去に向かうと
聞きましたぞ。当面往路途上に護衛部隊を置くかもしれぬ、とも」
「そうですか。人員輸送に支障が無いと良いが……
っと済まないサイアス。今は君の話をしていたのだった」
ラグナはそういうと、背後に控えていた騎士を手招きした。
ふと、サイアスは騎士団の剣や装備を
借りっぱなしだったことに気づいた。
慌てて外し、返そうとするのをラグナが制した。
「それは君のものだ。今更返すなど無しだぞ。
あぁ、肩当てとランスレストは返却していい。
まるで合っていないからね」
そう言って笑いつつ、騎士の持ってきた包みを解いた。
中身は厚手の布服の要所要所に板金を縫いつけ、可動性と
防御力を飛躍的に高めた防具だった。肩と胸部の装甲には、
地に突きたった剣を幹に見立てた果樹の紋章が刻まれている。
「コートオブプレートだ。フルプレートには劣るが、
かなりの防御力を持っている。成長期の君には
こちらの方がいいだろう」
次に帽子に似た形状の兜を取り出した。鍔は前後にやや長く、
側面には殆ど無いようだった。正面には鎧と同じく
剣樹の紋章が刻まれ、両側面、耳の上に位置する辺りには、
木の枝をあしらった飾りが斜め後ろに伸びていた。
「サレットだ。これもフルヘルムより使い易いだろう」
「どちらも紋章が入ってます。私などがいただくわけには」
鎧と兜を半ば強引に手渡され、サイアスは当惑して言った。
ベオルクの表情にも驚きが見られた。
「何を言っている。剣にだって紋章は入っているぞ
気づいていなかったかね」
ラグナは笑った。サイアスが慌てて剣を確かめると、
護拳の底部、ポメルにあたる位置にメダル状の留め金が
ついており、そこに剣樹の紋章が刻まれていた。
「その剣樹はカエリア王国の紋章さ。
無論みだりに供与するものではないが」
そこまで言うとラグナは態度を改め、厳粛な声でサイアスに告げた。
「サイアス、そこに跪くがいい」
サイアスは何の屈託もなく指示に従い、
左膝を地に付け、右膝を立てて頭を垂れた。
ここまで自分を導いてくれたラグナを信じていた。
命じられたことには躊躇わず従うつもりだった。
ラグナは剣を抜き、平をサイアスの肩に当てた。
「サイアス・ラインドルフ。当騎士団の軍務における
貴君の活躍に最大限の評価を下す。カエリア王立騎士団長ラグナは
カエリア王国国王アルノーグ・カエリアの名の下に、
貴君を王立騎士団従騎士に叙する」
サイアスは呆気に取られ、ベオルクは絶句した。
「カエリア王国王立騎士団従騎士たるサイアス・ラインドルフに命ずる。
国家連合の拠点たる西域守護城砦の一城、中央城砦へと赴き、
城砦兵士長として軍務に就き、人の生存圏の防衛に尽力せよ。
貴君の地位と権能はカエリア王国が後見する」




